自由ーフリーダムー

オリジナル小説部屋。ときどき二次創作。本とテレビが好き。

小説家を目指すアマチュア作家の修業場所

星に願いを

今週のお題「星に願いを」

 

   星に願いを 

作 桐原歌子

 

 昔から流れ星を見たことがない。

 星に祈ったこともない。

 私の将来の夢は作家だ。

 作家を目指すようになったきっかけは、今でもはっきりと覚えている。

「あんたの作品、すごい。あんただけが『小説』としてきちんと成り立った物語になってる」

 小学校三年生の時、授業の一環で「詩や小説を書こう」というテーマがあった。

 みんなわりかし乗り気だった。そこまで悪いクラスではなかったし、国語や算数の授業よりは楽しそうな気がしたからである。

「ウソを書いてもいいの?」

 クラスメイトが質問した。

「小説は、ウソで成り立っているの。物語は想像の世界なんだよ」

 みんなで当時は珍しかったパソコン室に向かった。まずはワードの立ち上げ方から学んで、書式の保存形式を習って、ドラッグの方法を知って……。

 九歳の私にとって、テレビともゲームとも違う四角い箱の向こうの無機質な画面は、真っ白な異世界だった。

 いざ小説を書くに至り、脱落者は出なかった。みんな思い思いに自分の言葉で自分の空想を作り出し、パソコン室には生徒同士で画面をのぞき込む光景が広がっていた。

 出来上がった私の小説は、三枚から五枚程度。とくに先生や友だちからは何も言われなかった。みんなで物語を読みあう授業はなく、その代わり先生が一冊の文集にまとめて印刷してくれた。

 その文集は、家のどこかに隠れたままだ。

 何年たっても社会人になっても、あの小学校の授業は鮮明に思い出すことができる。国語も算数も何ひとつ思い出に残ってないのに、あの小さな椅子と机、防災頭巾の赤色は記憶のかけらに残っている。

 私は出来上がった文集を母に見せた。

 しばらくしてから、母は私をリビングに呼び、ちょっと興奮した顔で言った。

「あんたは小説の才能がある」

 母がこんなに喜んだのは、九歳の私にとって自分のこと以上に大きな出来事だった。

 それ以来、私は中学に上がっても高校生になっても、書き上げた小説を母に見せている。読書家の母は厳しかったけれど、やはり最後には「才能がある」と嬉しがってくれた。

 大学でコケて人生でいちばん迷惑をかけた日も、家に引きこもってやっていたことは、小説を書くことだった。

 私にとって小説とは、母との思い出であり、私自身のルーツである。

 今はまだプロになれるかもわからない。ただ、私の半身とも呼べるほど近くなった「小説」とは、これからもつかず離れずしながら、時には醜くぶつかり合って、時にはどちらかが片方を食い殺して、それでも、這いつくばりながら、白い画面に杭を打ち込むように文字をつづるのだろう。そういった日々が一生続いていくだろう。

 やっぱり文字を書いている時が幸せだ。そう実感しながら。

 だから、流れ星に願いをかけるとしたら、私の祈りはただひとつ。

「小説をたくさん書けますように」だ。

 

 終わり。

オリジナル作品のみの扱いです