自由ーフリーダムー

アイ アム ザ  ゴーイングマイウェイ

Mary the phantom-大怪盗魔梨花 本編1

 

red-pink16.hatenablog.com

 

💛第一幕「女怪盗」💛

 

 雨がひどい。

 地面がぬかるんでいるし、せっかくの短刀もだいぶ刃が傷んでいるから、メンテンスが必要だ。そういうタイミングで嫌な仕事は降ってくる。こっちは調子が悪いというのに。

 黒子《クロコ》は非常に苛ついていた。

 また駆り出されたからだ。

 少しは自分たちの身体を労わってほしい。昨日の夜中に自宅へ帰って、やっと眠れたと思ったら、朝一番のおはようコール。彼女だったとしても怒るのに、上司の厭味ったらしい声が耳に響いて、思わず受話器を叩き潰してしまった。まあ、いい。金は上が払っている。

 黒子は仕事場まで歩いていく。強靭な肉体は常に甘えることを許さない。止まったらそこでくたばるだけだ。

 長く、曲がりくねった坂道の奥に、黒子の棲む根城はあった。

    ここは激しい丘陵地帯で、へばりつくように家々が建っている。組織本部は丘の一番上。階段を使って上り、さらに歩いて、何段目か分からないほどに疲れ果てながら、最後の階段を上り切ると目的地である。通常の体力ならば本部にたどり着く前に頭が死んで亡骸と化すところを、黒子はらくらくと進んだ。

「お、リーダー」

 蘭二《ランジ》が家から出てきた。派手な色の目は、サングラスで隠れている。蘭二は無駄に体格がいい美丈夫で、黒子は彼を見るたびに「身長分けろ」と文句を言う。そんな間柄だ。

「ボス、また何か面倒ごと押しつけられたんですかね」

 蘭二が飄々と笑った。

「お人好しもいい加減にしてほしいぜ」

 黒子はため息を吐く。

 二人で仕事の愚痴を言い合いながら目的地へ向かう。ちなみにどちらも傘は持たない主義である。理由は面倒くさいから。ジャケットの裏側にみっちり武器を仕込んであるので、これ以上荷物が増えたら嫌だし、雨くらいで騒いでいたらギャラはもらえない。さらにこの服は作業着だ。血で汚れたら向こうが勝手に洗ってくれる。

 丘の上に到着すると、ボスはすでに自前の高級車を用意していた。

「え、あんたが運転?」

「そんなに急ぎの用なんですか?」

 黒子と蘭二は若干ためらった。ボス直々にお出ましとは、何だかよくない予感がする。

「『怪盗マリー』の始末を任された」

 ボスは静かにつぶやいた。

「ああ、例の女怪盗」

 蘭二の目がちらっと変わる。

「可愛いですよねえ、お人形みたいな顔で。背は高め、スレンダーな体型……。超俺好み」

 また彼の女癖が出る。悪い女が好きなだけに、しょっちゅう騙されては懲りずに追いかけるのだ。黒子は呆れて物も言えない。

「乗れ」

 ボスはドアを開けた。

 

   💛

 

『ああ。』

 テレビの中の女が、男にいいように抱かれて泣いている。

「最近こんなのばかりですねー」

 蘭二は昨今のテレビドラマに文句を言いたいようだ。カーナビで繰り広げられている男女の交わりに、白い目を向ける。黒子とてこんな一方的な愛の何がいいのか分からないまま、女の裸体を見つめている。ボスはチャンネルを消した。

「最近、強制的にアップグレードされるから困るよ」

 ボスらしくもない、少し情けない声だった。

「高級娼婦の時代だし、しょうがないんだろうな」

 黒子は一人でつぶやく。

 はは、と蘭二が死んだように笑う。

 男たちは、しばし黙り、沈黙の空気を吸った。

 車は高速道路を走り飛ばしている。

 あまりにも暇なので、黒子と蘭二は一旦寝ることにした。

 つまんねえ。

 蘭二の苛立ちが伝わってきた。

 俺だって、好きでこういう仕事に就いてるわけじゃねえ。

 黒子も心の中で毒づく。

 自分たちは『盗賊狩り』だ。女だろうが子供だろうが、殺さなくてはいけない運命にある。

 ストレスのせいか、上手く眠れない。しかし何の原因でストレスが溜まっているのかさえ分からない。

 それにも飽きて、二人は考えることをやめた。

 道路を、抜ける。

    都会が見えてきた。

    …………『赤坂《アカサカ》』か。

 黒子は特に感慨もなく、街並みを見渡す。

 綺麗な女たちが、男と手を組んで歩いている。少女も、老女も、全員美しい。男は蕩けた顔で、尻や腰に手を回しながら、女たちの娼館へ連れ去られる。バカな男が多すぎるし、悪い女も後を絶たない。最初は見るのも不快な下劣極まる景色だったが、黒子も成人前に女を知った上では、孤独に生きて死ぬよりはマシかと、そう思えるようになってきた。

 送りつけられた予告状を、黒子はジャケットの内ポケットから出す。

『拝啓 愛しの貴方へ』

 ふざけた手紙だ。デザインがやたら凝ってるところも虫唾が走る。香水を引っ掛けたようなきつい香りが鼻を刺激し、八つ裂きにしたい衝動に駆られる。

 ……殺してやる。

 はっきりとした憎悪だった。

 

   💛

 

 悲鳴が聞こえたのは、クラブハウスに潜入した時だった。

 女の声だ。ヒステリックに叫んでいるからよく分かる。

「馬鹿か」

 黒子は吐き捨てた。

「強姦されたくなかったら、こんな場所に出入りしてんじゃねえよ」

 黒子はソファーから立ち上がる。

   そして、何のためらいもなく、ホルダーから銃を引き抜いた。

「お人好しだねえ」

 蘭二が甘く呟いた。

   そのまま、女の肩を抱いた手に力を込める。

「みんな、見ない方がいいよ」

 お人好しはどっちだ。

 ……イライラする。

 黒子は瞳(メ)に『怒り』を灯した。

『黒曜石』が、キラリ、と眩い光を放つ。

    先ほどまで銃だったそれ(、、)が、変形する。

 真っ黒な、闇。

 黒子は憐れむような気持ちになってくる。

 ……この世には可哀想な人間がたくさん居て、男も女も、戯れに抱き合うことでしか、心の距離を埋められない。けれど、そういう愛があってもいいのかもしれない、なんて、思えてくる。

 …………楽にしてやるよ。

 黒子は笑いながら、引き金を引いた。

 

 ドォンッ!!

 

 凄まじい破裂音。

 

 悲鳴は聞こえない。

 

 いとも簡単に、男は絶命した。

 

『死』を打ち込んだ弾丸は、男の頭を綺麗に貫通し、

 

  パアン……、

 

と、淡く弾けて消える。

 男に苦しみはない。血も流れない。眠るように目を閉じたまま、安らかな寝息を立て始める。

 ゆっくりと、男が死んでいく。

 化粧を施したような綺麗な顔で、男は、すぅ…………、と、『魂』だけの存在になった。

「お帰り」

 黒子がそう言うと、『魂』は、ぴょこん、とウサギのように跳ね、黒子の胸に、ぴょんっ、と、抱きついた。

 そして、また眩しい光。

 黒子の心臓に、『魂』が入っていく。

 すぽんっ。

 案外間抜けな音を立て、男だった『魂』は消えた。

 黒子の能力に『回収』されたのだ。

「お見事」

 蘭二が調子よく、黒子に囁く。ついでにサングラスも外して、

「もう大丈夫だよ、お嬢さん」

 黄金に輝く瞳《メ》を見せた。

 女たちが、ほう、と蘭二に見惚れる。

「あ、ありがとう……」

「わ、私、怖くて……」

「好きなだけ俺の前で泣けばいい」

 感動シーンが始まった。

「俺の出番だわ!」

 怒鳴りつけても、蘭二はもう悦に入って、女たちの頭を撫でている。

「あーあ……」

 黒子は放っておくことにした。

 床に転がっていた女に、歩み寄る。

 ブラジャーが取れかかっているが、まあ、そんなにひどい状態ではない。

 黒子はコートを脱ぎ、女に放った。

 女は泣き濡れた瞳《メ》で黒子を見る。

 ……妙だな、と思った。

 女は黒髪で、薄化粧はしているものの、いわゆる『遊び人』の顔ではなかった。まだ二十歳前後か、上に見積もっても二十代前半、しかも小動物のように震えている。やけに初心な反応だった。

「……あんた、何歳?」

 黒子は注意深く、女を抱き起こした。

 女は何も答えない。

 いや、答えられない。

 それくらい動揺していた。

 涙をぽろぽろ流しながら、放心状態でいる。

「……名前は?」

 黒子は出来るだけ、優しく聞いた。

「………………ぅ……」

 女は、カタカタ、と震えるだけで、蚊の鳴くような、小さな声を漏らしたまま、ずっと震え続けている。

 黒子は女を抱き上げた。

 自分の小柄な体躯に、女の身長は少々高かったが、難なく持ち上がった。なぜなら、女はとても軽かったからだ。

 彼女は気絶していた。

 黒子は、ゆっくり、後ろを振り向いた。

 忌々しい。

 吐き気を催すような、嫌悪感。

 悪趣味なプレイにも、限度がある。

「…………お前らさあ」

 憎しみを込めて、黒子は女たちをねめつけた。

「誰だよ」

 ちなみに蘭二は案の定、睡眠薬の入ったワインを飲まされてグースカ眠っている。ついでにいびきも欠いている。ああ、使えない奴。黒子は心の内で嘆きながらも、高まっていく戦闘意欲に興奮していた。蘭二は『ダイヤモンド』だから殺しても死なない男だし、女たちはすでに態度を豹変させて、武器を構えている。

 ……はは、

 いい光景じゃねえか。

 手加減する必要などまるで無いのだ。

 だって、今目の前に立ち塞がっている女たちは、全員、『盗賊団』の連中だから。

「『Flower gallant《フラワー・ギャラント》』だなぁ! 『花』と『銀河』って、たいそうな名前付けたもんだぜ! そんな魅力的な女じゃねえよ、この売春婦どもが!!」

「『高級娼婦』と呼んでくれなきゃ困るわ」

 ボスらしき茶色い髪の女が、余裕たっぷりに呟く。

「あと、その子は本当に気絶しているから、丁重に扱って」

 女は鼻で笑った。

 なるほど。

 これは殺し甲斐がある。

 黒子は肌で感じ取っていた。

 ――俺は、今、人生で一番楽しい段階に、突入している。――

 いっそ泣きたいくらいに、黒子はハイな気分で地面を蹴り上げた。

 

   第二幕へつづく。