自由ーフリーダムー

アイ アム ザ  ゴーイングマイウェイ

小説家を目指すアマチュア作家の修業場所

今日も書けなかった日記

今日も書けなかった作家志望者の日記

🌺前書き🌺

去年~一昨年に書いた、だらだらした文章を載せます。

鬱っぽい気分で書いた文章ですので、体調の悪い日には読まない方がいいかもしれません。

「こいつちょっと思い込み激しいなあ」と思う点が多々あります。その時は、しょうがないやつだと笑ってください。

 

(注意!)某ジャニ'sさんの名前が出てきます。ただの誇大妄想だと受け取ってくださいませ!

 

 それでは、どうぞ('ω')ノ

 

 

             ***花凜文学***

 

   二〇一五年十二月一日水曜日 

 最後に小説を書いたのは二〇一五年十一月十八日。今は十二月一日。十四日間、二週間書いていない。

 あれ、そんなもんかと思った。もっと何ヶ月も書いていないような気がしたから。

 思えば、十九歳の時に初めて四百字詰原稿用紙三百枚を書き切ったのが、本当に小説家を目指した動機。それから二十歳に千六百枚を書いた。なるべく毎日書いて、書いて、終わったと思ったら千六百枚を超えていた。我ながらぶったまげたもんだ。私、そんなに書いたんだと。

 そして二十一歳、少女漫画的ファンタジーを書いた。確か約三九〇枚。同年、いじめ問題の学園小説をやっぱり四〇〇枚近く。さらにキラキラ系を目指した青春小説を四〇〇枚近く。合計して一二〇〇枚近く書いていたわけだ。
二二歳。この頃から、何だか書くのがつらくなってしまった。それまでだって書けない、書けないと呪詛のようにつぶやいていたけれど、二五歳の今は本当に「物語」をまったく書けなくなってしまった。二十二の時は、確か通信の小説講座を受けて、当時はまっていた男性アイドルのイメージを借りて、年の差カップル小説を書いた。同年、同じ話で少女小説の募集に応募した。その二方から評価シートをもらって玉砕した。
 二十三歳。二年前に書いたキラキラ系青春小説を、もう一度書き直してライトノベルの大手出版社に応募してみた。それは唯一、二年前に三作とも同社に応募して、一本だけ二次通過した作品だったからだ。
 ほぼ別の作品というくらいにアレンジして、出した。結果は一次落ちだった。
 この頃から本当にわからなくなった。「書く」という行為がだんだん嫌になり始めて、自分が何を書きたいのか、何が書けるのか、堂々巡りの毎日だった。書きたいという気持ちはあったはずなのに、書けない。
「物語」とは何か、といちいち考えるようになったからかもしれない。
 小説を書き始めた十九の時、もっと遡れば文芸部時代に書いていた中高生の時、迷うことなんかなかった。ただ書きたかった。吐き出したかった。衝動のままに書いていた。
 夢中になっていたから、構成も描写も文章力もなっちゃいない。第一読み直しなんてしていなかったから。ひたすら書き続けて、物語を終わらせた。それでちょっと邪心が芽生えて、母に見せたら、あの時と同じように褒めてくれた。なっちゃいないけど、序章の文章は面白かったよと。
 私が小説を書こうと思ったのは、小学校の時の国語の授業で「物語を書いてみよう」という先生からの課題だった。みんなが書いた掌編を、一冊の本にするという。小学生の私はあまり言うほど小説を読んでいなくて、児童文学はほとんど、いやまったく読んでいなくて、「りぼん」みたいな少女漫画雑誌に夢中だったのだけど、十数枚の掌編を書いてみたら、母が「すごいじゃない!」と大げさなほど褒めてくれた。
「あんたが一番いい話だわ」
 母に言わせると「ちゃんと物語になっている」のだそうだ。母が褒めてくれたのが嬉しくて、すっかりその気になり、そこから小説を読むようになった。
 中学に上がって、文芸部に入り、季節ごとに掌編を載せる日々。母は必ず読んでくれて、必ず「あんたが一番すごい」と言ってくれた。
 あれが嬉しくて、嬉しくてしょうがなくて、私は小説を書き続けていたのだと思う。
 母は、私の一番の「読者」だった。
 私はあの頃、読者なんて意識していなくて、ただ思うがまま書いていたのだけど、その自分の「思うがまま」という気持ちが、筆を動かしていたのかもしれない。
 今、二週間書いていない。私にとって二週間書いていないというのは、大きな「空き時間」だ。一文字も打たない日が二週間も続くのは、けっこう長い。
 その間、私は本を読んでいた。漫画も読んで、音楽も毎日聞いている。本と漫画を読書に含めるなら、毎日何かしら物語には触れているらしい。小説は大体月に三冊から八冊は読んでいるから。漫画は一日で一冊読むし、音楽は一時間以上余裕でぶっ通せる。
 物語からは離れられない体質を持った人間らしい。私は。
 だから私は物語を書くのであって、自分でも「書きたい」と思ったから、作り手側になりたいと思ったから今もこうして悩んでいるわけで、たまたま文章を褒めてもらえることが多かったから「小説」という媒体を選んだだけだ。私にとってこの選択は、間違いではないと信じたい。
 間違いにしないためには、何が大切か。再び書けるようになるにはどうすればいいのか、今日からこの日記形式で、少しずつ「書けない」ことを書き溜めていきながら、物語に向き合いたいと思う。
      

   二〇一五年十二月三日木曜日

 月曜日に美容院へ行き、水曜日は仕事、今日は皮膚科へ行ったから、毎日外へ出ていることになる。
 毎日外出というのは、私にとってけっこうな重労働だ。
 私は自分の部屋にこもって、ベッドとかソファーとかに寄りかかりながら物語を読むことが好きだから、下手すると一週間は余裕で引きこもれる。たださすがに一週間を過ぎると、身体の中にくすぶりが出てきて、ガス抜きしたくなる。そうなるとようやく外へ出る。といっても、せいぜい近所の駅まで行って本屋を物色するくらいだ。こんなところへ行っても本を探し求めるのか、私は。何とも内にこもった人間である。
 私は文字を追うことが好きらしい。電車に乗っても、社内吊り広告とか見ているし、あとは人間観察が好きだ。どれだけの人がスマホとにらめっこしているか、どれくらいの人が本を片手に座っているか、いちいちチェックしてしまう。吊革につかまって立っている時も、隣の人が本を読んでいたりすると、それが小説かエッセイかハウツー本か、ついつい中身をチェックしたい衝動にかられる。女子高生とか女子大生とかが本を読んでいると、お、私がいる、と思ってしまう。
 私も、電車通学を利用してよく読書をしていた。
 学校の図書室から借りた本にブックカバーをかけて、気に入った作家の本を追いかけている時が幸せだった。
 友達はみんな私より前の駅で降りるから、一人になる機会が多く、それは読書タイムの絶好の機会だった。
 ただ、あの頃は好き嫌いがかなり激しい多感期の少女だったので、普段読まない本は見事に無視していた。気に入りの人だけ読んで、満足して、学校から配られた読書感想文ノートに、文学者を真似た文体でわざと難しい表現を入れて悦に入っていた。完全に文学者気取りだった。まだ成人もしていない子供が、よくまあ背伸びしたものである。
 でも、あの頃はあの頃なりに、真剣に読書に向き合っていた。学校生活がつらくて、つら過ぎて、何度くじけたか知れない。何度も何度も、学校を辞めたいと思って、登校せずにふらふら街をさまよったりして、補導すれすれの子供だった。されなかったのは、単に私が遠い町までは繰り出せなかった小心者で、臆病なだけの子供だったからだ。そんな時は、いつも本に縋っていた。漫画も救いだったし、音楽も当時はまっていたアーティストの影響を受けまくりだったし、何かしら「縋るもの」が欲しかった。やっぱり思春期だから背伸びして小難しい小説を読んで、自分以外は全部敵だと声高々と主張する、いわゆる厨二病作品に夢中だった。厨二病なんて言葉は当時なかったけれど、私と同じ思いを抱えた子供はたくさんいたと思う。今でもこんなに厨二作品があふれていて、女子向けの厨二漫画雑誌がどんどん発行されているから、きっと私と同じ目に遭った子供たちが、大人になって編集者になって、世の子供たちに「君たちのそのダークな気持ちは悪いことじゃないよ。みんなが思春期の頃に抱えるものなんだよ」とメッセージを込めてそういうのを作ったのだろうなと邪推している。
 私はあの頃、どこにも行けなかった。
 学校は、閉ざされた檻だ。牢獄の囚人に近い。どこへも開かれていなくて、たかだか四十人くらいの生徒の意見が合うことがすべてで、そこからはみ出た者は、生きる資格すらない。教室という、机を四十個並べただけの四角い箱。四十人の中で実権を握った一握りの生徒が、クラスの全体の雰囲気を左右する。私は中学時代のクラスが本当に最低で、最悪の雰囲気で、毎日誰かが誰かを馬鹿にし、けなし、否定し、嘲っていた。あまりに性格が悪くて有名な生徒が三、四人ぐらいいて、そいつらに気に入られなかった人間は、社会生活を許されないのも同然の扱いを受ける。生活指導の顧問や学年主任が何度も集会を開いて注意していたが、やつらはまるで耳を傾けなかった。
 そういうものだ。悪意の塊の人間と言うのは、そういうものなんだと、ここ最近やっとわかるようになってきた。つまりは、感受性というものがないのだ。想像力も無に等しい。まったく自分の立場でしか物事を見ないから、自分のみが正しくて、自分と気が合わない人間こそが悪なのだと単純に決めつける。そう、性格が悪い人間は、恐ろしく短絡的なのだ。想像力がないから、自分の言ったことを相手がどう受け取るか考えようともしないし、感受性がないから、相手が感じている気持ちをくみ取ることすらできない。世の中には自分とこんなにも価値観の違う人間がごまんといるということが、理解できないのだ。
 そしてそいつらは、自分と違う人間、自分の思い通りにならない人間に出会うと、容赦のない攻撃に出る。「自分と違う=悪」なのだ。彼らは自分たちこそが正しい人間だと信じているから、自分と考えが違う人間は、ひとえにみな悪なのだ。もしかしたら自分のほうが間違っているかもしれない、自分に非があるかもしれないという考えには決して至らない。彼らは恐ろしく単純な人間だから。
 そんな人間が実権を握ると、まさしく中学時代のクラスみたく世界全体が暗澹たる雰囲気になり、そこに影響される人間が幾人も出てきて、合わせて悪い人間になって、ますます弱者を追い詰める世界になる。何とも悪循環な社会なのだ、学校という世界は。
 そいつらは高校に上がっても結局変わらなかった。常に誰かを嗤い、つまはじきにして、裏切った仲間は蹴落とす人間だった。違うクラスの私にも、あのクラスの悪評は耳に届いていた。おそらく全学年があいつらを嫌っていたし、恐れていたと思う。
 このように浅薄な人間は周りに疎まれていることにも気づかない。だからいざという時、助けてくれる人間は、ほぼ皆無だろう。友達はいるかもしれないが、その友達と真の意味でつながっていなければ、いざという時は本当に一人ぼっちになる。結局、誰もが性格の悪い人間は嫌いで、そういう人間になりたくないと自戒していて、けれどそういう人間になっているかもしれないという事実を忘れている。
 私も、もしかしたら、どこかの誰かには性格の悪い人間だと憎まれているかもしれないのだ。

 

   二〇一五年十二月四日金曜日

桐島、部活やめるってよ」が地上波で放映していたのを母が録画したので、夕飯の時に観た。冒頭二十分程度。
 おもしろかった。群像劇なので大勢の登場人物の視点が頻繁に切り替わり、同じ一日をまったく違う視点から描くことで、濃密な時間が流れている。何だろう、かなりおもしろかった。波長がビンビン合っている。私と。
 本作品は、小説すばる新人賞を当時十九歳という異例の若さで受賞した朝井リョウさんのデビュー作だ。「桐島」という人物をあえてまったく書かないことによって、彼と近しい人間たちが受ける影響の大きさを物語っている。これは「虚無の視点」というらしく、作品に登場しない人物が物語を引っ掻き回す役回りだ。東出君演じる宏樹と、美少女の梨沙、吹奏楽部の亜矢、神木君演じる前田、狭い教室の中で、それぞれが微妙に互いを意識している中、桐島が辞めたことで、波紋が広がっていく。
 まさに波紋が広がる、というところで夕飯が終わってしまったので、明日にでもじっくり観よう。
 映画でも音楽でも小説でも、良質な作品に触れるとビンビン五感を刺激されるからどうも興奮してしまう。
 さて、小説でも読もうか。サイトでも見ようか。夜は楽しい。

 

   二〇一五年十二月七日月曜日

 今午後三時半過ぎ。「桐島」を見終わった。
 やはりこの映画、おもしろかった。最後は視聴者に語り掛ける終わり方で、この結末の意味をくみ取れない人は多いだろうが、じっくりかけて味わいたい、派手な事件性はないがドラマチックな映画だった。
 この作品は「余白」を残している。その「余白」は、私たちに想像させるようなやり方で、私たち独自の物語の終わり方を探してほしい、というメッセージかもしれない。ある意味見る側に負荷をかけているのだ。冒頭で登場人物把握と全体の流れを掴んでおかなければあっという間に置き去りにされてしまう、ある意味「親切ではない」映画である。しかし文学にも通じるように、受け手側にまったくの負荷をかけさせない、独自の考察をまったく入れさせない、ただわかりやすく説明して終わるだけの映画がすべてではないはずだ。そういう映画が主流となるのはある種必然的で、そういう大衆娯楽作品だって無いとつまらないし、逆にそればかりだと物足りないのもまた事実である。本作は大衆娯楽とは離れた一般文芸にも等しい芸術作品である。複数の視点が絡み合う群像劇が、いかんなく発揮された良作だ。(詳しくは読書感想ノートに)
 名作映画、話題となった映画は、やはり有名になるだけの理由がある。今から母に頼んで名作映画たくさん録画してもらおう。母は映画ファンだから、まあやってくれるだろう。他力本願(笑)。

 

 二〇一五年十二月十日木曜日

 今日は具合が悪い。今日から明日へかけて天気が急激に悪化し、台風並みの暴風雨になるらしい。気温も異常なほど上昇し、十二月だというのに二十一度にもなる! 本気の温暖化対策を始めなければ。世界規模で協力して気温を下げなければいけない。暑さで死人が出る時代なのだから。
 気象病という神経症があると、世界の研究では判明してきているらしい。ドイツでは気象予報番組の中で気圧の変化を視聴者に伝え、この日は天気が悪くなって気圧も下がるから、具合の悪い人が多く出るでしょうと予報してくれる。日本はまだ研究が進んでいないので、研究の速さはさすが海外だなと思う。
 母と私は気象病のきらいがある。ずっと前からそうだった。朝の時間帯に本降りの雨が降っていると、どうしても、どうしても布団から抜け出せないのだ。眠いとか、だるいとか、そういうのもあるけど、それ以上に何か、頭の芯がぼうっとして麻酔か何かでも打たれているみたいに、くらくらしている。雨の降っている時に体育館で体育の授業とか、絶対に嫌だった。結局体育は中学時代ほとんど欠席、見学で、職員室に呼び出されたこともある。よくまあ高校まで卒業できたものだ。
 明日は暴風雨だと考えると早くも気分が憂鬱なので、ちょっと話を変えてみる。
 アリサ姫の話の続きが書けるかもしれないと、小説ウィングスというライトノベル雑誌を読んで思えた。小説ウィングスライトノベルだが、「本好き女子のためのドラマチック・ライトノベル」と謳っているだけあって、話の作り方はかなり筋が通っていてまともだ。世界観が一貫して壊れていない。また読者の予想を上回る展開を入れている作家もあり、文体も今まで見たどのライトノベルよりきちんとしている。「ぶれていない」のだ。自分たちの好きな物に対して一貫した姿勢を持っている。「好きな物は好き」という潔さがこの雑誌にはあって、とても好きだ。
 これから長い付き合いになるだろう雑誌である。
 で、あと残り二作品を読めば読破するのだが、読んでいるうちにアリサ姫の世界設定の思い付きが浮かんだ。
 アリサ姫の物語に出てくる「精霊」。彼らは、遠く宇宙のかなたに浮かぶ「星」から生まれた生命体だというのはどうだろうか。精霊は宇宙のかなたから来た知的生命体。つまりは「異星人」だという設定になるが、そこに神秘性と寓話性を持たせれば大丈夫だろう。あくまでファンタジー小説として扱いたい。
 まず図書館へ行って「宇宙」「星」について調べたほうがいいだろう。アリサ姫の物語は完結するのだろうかと不安だったが、ずっと続居っていたこのモヤモヤ感に、終わりの一端を見つけた気がする。あくまで「気がする」だけなのだが、もう放ったらかして次へ行こうと思って全然行けないので、やはりアリサ姫に向き合わなければこの作品は終われないのだろう。私がきちんと終わらせなければいけない。
 大丈夫。きっと終わる。母から教わったこの言葉で暗い創作の道を歩いて行ける。大丈夫。

 

   二〇一六年一月一一日。

 年が明けた。去年までモヤモヤウジウジしていた気持ちはどこへやら。今年の年初めはすこぶる気分がいい。何と、書けたのだ! 文字を書けたのだ!! いや、まだ本文を作成してはいないが、プロットを結末まで書き切ったのである! これはいつも行き当たりばったりの私にとっては非常に珍しい、「プロット通りに行くかもしれない」パターンである。話を考え直してみたら、やっぱり主人公の父親を細かく書いたあたりからおかしくなった。先代の王の描写は必要なかったのである。それゆえ王家本筋の子も登場する必要はなく、新たなキャラが出てきて暴れる恐れもなく、今ある登場人物たちだけで話が回りそうである。そしてコロコロとキャラが変わっていった現国王は、元のプロット通りのいい人に戻った。そうなるとダリア王妃の出番がないが、彼女は、裏の番長的な立ち位置でみんなを見守っていくような人物にするべきだろうな。
 あとアリサ姫の髪型が決定した。ショートボブだ。漫画の中ではロングヘアのヒロインが多いから、アリサ姫はショートボブで行こう。そして小さなリボンを頭の横に付けているスタイルで行こう。
 ストーリー作りの基本中の基本のいろはを教えてくれる本も買ったし、しばらくそれで勉強していこう。
 あと今日は、母から「あなたの書く物語は面白い。普通は編集者が投稿原稿にコメントする時はめったに『面白い』とは言わないのに、あなたの作品は決まっていつも『面白い』と書かれる。これはすごいことなのだ。普通は書いてくれない。だからあなたの作品は面白いのだ。あとは小説の技術を上達させるだけだ。努力あるのみだ」と激励してくれたので、久しぶりに自信を取り戻せたということもある。いろんなクリエイターの方々の話を調べたけれど、みんな最終的には自分の作った作品を面白いと信じて、自分に対する評価を信じて、自分の力を信じて、ただひたすらに前を進むだけだと言っている。そう、卑屈な気持ち、弱気な思いでは何一つ達成できない。まずは自分をちゃんと信じてあげること。自分の気持ちを強く持つこと。どんなマイナスな批判にも負けないことが重要なのだ。私は、私の好きな話を書けばいい。まずは今ある作品をきちんと最後まで書き切ることだ。
 がんばれ自分。あともう少しだ。
 
   二〇一六年一月十七日日曜日
 
  今日はなかなか朝起きれず、八時半くらいにようやく起きれた。気圧でも下がっているのかなと調べたけれど、通常の下降程度だった。明日は記録的なほど気圧が下がるので、明日のほうがもっと具合悪いだろうなと思い、今日はがんばって小説模写をしようと意気込んでいたのだが、四百字詰め三枚程度写した時点でへろへろになってしまい、一時間も集中できずにリタイアした。やっぱり具合悪いのかな。
 空は、どんよりと曇っている。朝方は素晴らしく晴れていたのだが、十一時くらいから天気は下り坂に。灰色の空を見ると気分がどうもふさいでしまう。昔から雨が苦手だったものなあ。きっと私の気圧症は自分の思うよりひどいのだろう。丈夫な人が本当に羨ましい……。
 身体の強い人は、朝九時から夕方五時までが定時。そこから残業があり、または飲み会などがあり、帰宅は十時ごろ。つまりは十三時間!も外にいるのだ。これは私からしたら信じられないことだ。私は大体朝九時からだと昼十二時くらいまでしか体力が持たない。学校の時がそうだった。朝八時ぐらいに登校し、それで午後三時まで持たないのだ。どうしても眠くて、だるくて、疲れてしまって、保健室の常連だった。誰に何を言われても、体の弱さは変えられなかった。「だるい」とか「具合悪い」としか言いようがないのである。熱も出ていない、おなかも壊しているわけじゃない、でも猛烈に体調が悪いのだ。今考えると、自律神経失調症だったのかもしれない。自律神経が、人よりずっと弱いのだろう。学校に通えないものだから、社会に出て通用するわけがない。ほどなく大学進学とともに学生生活をリタイアした。
 で、模写ができない今日の私は、とりあえずぼうっとしていることにした。書き写すのって、しんどい。毎日書くのって、つらい。だから、とりあえず小一時間休憩して、元気が出てきたら行動してみようと思う。
 昨日の夕飯のお供の番組は、「任侠ヘルパー」という映画だった。草彅剛くん主演の社会派映画だった。あと一時間ぐらい残っているが、出てくる役者たちの演技、存在感が素晴らしすぎて、すでに感動している。とにかく主役の草彅くんがすごい! 本当にヤクザみたいなのだ! 普段はおっとりしていて周りからいじられるキャラクターが有名だが、演技の草彅くんは母の言う通り本当にすごかった! あまりにリアリティのある演技というか、こちら視聴者側に作り物めいたものをまったく感じさせないのだ! どの役者も自然体で、テクニックに走っていない。まるで本当にこの「任侠ヘルパー」の世界があるかのようだ。危うくヤクザを見直しそうになった。これは映画だってば、と突っ込む内側の私がいる。
 やはり、映像物の物語は、役者ありきなのだろう。役者がどれだけその作品に染まれるか、その作品の中で生きているかということが、映像物を面白くさせる鍵なのかもしれない。役者は上手い役者がいいなあと、つくづく実感した。
任侠ヘルパー」は、地方都市のお年寄りの介護施設の不足、そこにつけ込む暴力団の裏家業という昨今の社会問題を浮き彫りにした社会派エンタメ作品である。非常に重いテーマで、作品も薄暗いトンネルの中を這いずるような、重苦しい雰囲気なのだが、草彅くん扮する主役のヤクザが、まあいい人なのである。性格も行動も信念もかっこいい。日本人が憧れる王道の二枚目キャラだ。この主役のおかげで、土砂降りの雨のようなじめっとした世界観に、一つの明かりがぽっと灯ったような温かさを感じられる。主役の美しい生き様が物語に救いを与えている。みんな一生懸命に、必死で生き抜いているということを提示した作品なのかもしれない。
 子ども年寄りなど、社会的に弱い存在がつらい目に遭うシーンもあり、心痛い描写もあるのだが、これを受け取った私たちが、社会的弱者のことをどう考えていくか、もっと人を助けるにはどうしたらいいのかということを深く考えるきっかけになればいいと思う。
 みんな必死で生きている。このテーマを生涯掲げることが、「いい作品」を作れることのヒントになるか、今一度考えてみよう。

 

   二〇一六年一月二十一日木曜日

 このままじゃダメなんだと思い始めて、三日ほどが経つ。週二日時給四四〇円の就職訓練施設で、月四〇〇〇円ほどの稼ぎで、親からお小遣いもらって生きていて、出会いもない。
 何か焦ってるんだ。二〇代後半に差し掛かり、人生の岐路に立っているとしか思えないんだ。元日明けくらいの時に日蓮宗の占いで、大きなチャンスが巡り、素敵な出会いがあり、仕事が絶好調時期に入る、と何やら怖いくらいいいことばかりが書かれてあったせいかもしれない。今まで占いはまったく信じていなかったのだが、そうまで書かれるとやはりやる気になってしまう。
 何せもう二六なのだ。二六で、定職についていないのだ。病気だからしょうがない部分もあるけれど、何か、悔しい。自分の至らなさが悔しくてたまらない。とにかくお金が欲しい。自分で稼いで、ちゃんと自立して、自分のことを自分で何とかできるほどの力が欲しい。とにかくお金を貯めよう。お小遣いから六千円、工賃から半額出して、月八千円程度でもいいから貯めよう。何かに生きるかもしれない。この年齢に合う夏服がないので、アラサー用の夏ジャケットでも買おうか。薄手のセーターは何枚も持ってるし、春用のコートもある。あと夏用ジーンズかパンツでも購入して、余裕があったら春用ガウンを手に入れて、それでやめよう。トップス、インナーはユニクロでいいや。
 今の私には、力がない。とにかく今は、就職したいのだ。小説を書き続けるだけでは駄目なんだと、痛感している。小説新人賞は年一回のチャンス。落ちればまた一年を頑張るしかない。その一年の「時間」を確保するには、お金が必要だ。親からもらっている二万円じゃ足りないのだ。不純な動機だが、ようやくそれで働くことの大切さを実感した気がする。好きなことをするためには、夢を追い続けるためには、自分の力で「時間」を稼がなければいけない。人からもらったお金では駄目なんだ。
 二十六歳から、本気で生きてみようか。がんばってみようか。漢字検定を二級持っているから、今度は準一級、次に日本語検定の上級を取ってみる。とにかく何か資格を取らなければ。得意な国語能力を活かして、文章系の資格を取得することから始めてみよう。
 火曜日病院、水曜日と金曜日に仕事なら、前日は必ず夜九時半に薬を飲んで十時に寝る。次の日が休みなら、夜にこの日記を書いてみる。自分の気持ちを吐露してみる。そして見えることもあるだろう。木曜日、土曜日、日曜日、月曜日をどう有効に使うかで、今後の人生が決まると言っても過言ではない気がする。
 世界は今、貧しい人たちで満ちている。資本主義はどんどん格差を広げていき、一部の金持ちだけが美味しい思いをして、その他大勢が明日をも知れぬ我が身なのだ。こんな不平等なことがあってたまるか。資本主義社会はいけないという学説が、ようやく出つつある。共産主義も、最初はこれこそが理想だったのに、みんな同じ稼ぎ、同じ家となると、一気に惰性が広がり、競争がなくなったゆえに人々は堕落してしまった。そして結局は独裁者を誕生させてしまった。個人の自由を尊重するはずだった資本主義は、能力のある人間のみが富と名誉を得る社会で、果てには弱者を締め上げる権力者となり果てた。人間っていうのは、堕落的で、闘争的で、支配的な欲望を持った生き物なのだな。最初にそれを批判して、人間一人一人が幸せになるべきなんだと主張したのは、いったい誰だったのだろう。もしその人がいてくれたのなら、私は問いたい。私たちは、どうしたらいいのですかと。こんな腐敗した社会で、争いにまみれた世界で、人間は汚く生きているのに、その汚らしさを乗り越えて、美しい物事に感動し、尊敬する清き心を、持ち続けるにはどうしたらいいのですか。愛する力を、尊ぶ力を秘めた人間の素晴らしい部分を、どう引き出せば、真に素晴らしい世の中にすることができますか。できるなら、あなたに会いたい。崇高な理想を掲げそれを実行できる度量を持つあなたと話がしたい。人はもっと、人間的に生きるべきだ。ちゃんと物を考えて、相手の言い分に耳を貸すという知性的な行動をとれる生き物なのだから。世界で一番の頭脳を持つ私たちは、奪い合いではなく、もっとプラスの方向に頭を使うべきなのだ。戦争という憎しみのパワーで作った兵器なんかではなく、愛情という惜しみ分け与える心で、世界を見るべきなんだ。頭で世界を図っちゃいけないんだ。心で、感情で、人々は繋がるべきなんだ。
 私は満たされたい。私は安定した幸せと愛する人たちからの愛情を受けていたい。そのためには、私自身が愛情深い人にならなければいけない。野心や野望で相手を満たすことなんかできない。私たちが目指すべきは、誰かを抱いてやれる包容力のある社会だ。
 いつかこんなことを、みんなの前で堂々と言えたら幸せです。

 

   二〇一六年一月二十三日土曜日

 ジャニーズ事務所の騒動がようやく沈静化しそうである。私はジャニーズの夢とロマンが詰まったキラキラな世界観が好きなので、この分裂危機には本当に心を痛めていた。でも、やはり派閥が分かれそうなので、今年中にジャニーズ事務所は解体されるだろう。年内までに持つかどうかだ。
 二十歳の時に一番はまっていたのは嵐だったけれど、そこから本当に遡ると、二〇〇五年の亀梨くんと山下くんの「修二と彰」が、すべてのきっかけだったと言える。
 あの二人の、特に亀梨くんの独自性あふれる色気とかっこよさが好きだったんだと思う。学校で疲れた体と心を、修二と彰の二人に、ドラマ「野ブタ。をプロデュース」に癒してもらっていたのだ。あの作品は同時代性あふれるダークでシニカルな世界観が素晴らしかったな。今思うと。脚本家の木皿泉さんがとにかく独特な心に刺さる台詞回しで、唯一無二の存在だった。今もコアなファンがついている木皿さんは、小説家としても活躍している。早く図書館で借りたいなあ。それか文庫本が出たので、購入しようかな。
 野ブタ。で外せないのは、ヒロインを務めた、今や売れっ子女優の堀北真希だろう。堀北さんは情念のこもった強い印象の役を演じると本領発揮する役者で、その代わり繊細な心の機微とかを表現するのは苦手なのだが、クールビューティーな一匹狼を演じたら他に類を見ないほどの存在感を見せる。雰囲気も美しく、都会的な洗練された美を放つスタイリッシュな女優だ。堀北さんはこの役でブレイクし、その後紆余曲折するも、演劇界で無視できない存在となった。この三人が、あの当時は好きだった。ずっと見ていたかった。
 そこから私のジャニーズ偏愛歴は続き、ブレイク前の関ジャニにはまったり、カトゥーンに戻ったり、メンバーが脱退すると傷心してしばらく離れ、十九の時に再びジャニーズに惹かれ、嵐に溺れた。二年ほど前に安田くんが好きになり、関ジャニの音楽を聴いて酔いしれて、そして今はニュースが気になっている。ニュースの作る若者向けのキラキラアイドル的な世界観は、現実と戦うすべての女子に活力を与えてくれるだろう。嵐は万人向けの明るいポップス、関ジャニは地元大阪の特徴を生かした野性的な邦楽、カトゥーンは退廃的でシリアスな詩的感性が光る洋楽と、三グループとも全く違う音楽性を持ちながら、一貫して夢とロマンを描く姿勢を崩さない。彼らはアイドルだから、アイドルは夢を与える仕事だから、きっとジャニーズのどのグループにもこの姿勢は現れているだろう。ジャニーズが今までこんなに多くの年代の女性を虜にできたのは、この「夢であり続ける」というプロフェッショナルな仕事の姿勢が多くの人の胸を打つからだろう。だから、どうか事務所は、彼らのタレント性を尊重し、愛情をもって、商品としてではなく人間として扱ってほしい。ファンも物でなく人なのだから、ファンの意見も無視しないでほしい。事務所の運営方針は本当に疑問だが、タレントの生き様はすべての年代の女性たちにとって希望であり活力である。年代ごとに合ったグループとファンがいるから、内部分裂さえ起こらなければ、セールスのやり方も顧客のニーズに合わせた良心的なものであれば、ジャニーズはずっと多くの女性たちの光であり続けたのに、それだけが残念だ。ジャニー喜多川社長の、才能と人間性を見抜く審美眼と、グループ編成の人材育成能力を受け継ぐ後継者がついに現れなかったことが悔やまれてならない。
 私はカトゥーン世代の二十五歳だが、ニュースも気になってきたのでシングルを購入してみよう。それでニュースに落ちるかどうかは、まあ、時間の流れに任せよう。
 世代から少し年上の嵐、関ジャニにはまっていた二〇代半ばまで、彼らを好きになれたことでとても助けられた。幸せだった。これからは、安田くんの活躍と、ニュースの将来性に期待している。

 

   二〇一六年二月五日 金曜日

 一月最後の週の木曜日から、ずっと具合が悪い。ちょうど二月から三月にかけては調子が悪いんだ。冬型の気圧配置が崩れ、微妙な温かさが出るから、身体が気温の変化、気圧の変化などについていけないのだろう。そのため今日は仕事を休んでしまった。来週も行けるかどうかわからない。まあ、気長にやっていこう。
 さて、母が新聞を見せてくれて知ったのだが、今ウェブ小説サイトが市民権を得るほど人気になっているという。大手出版社の角川が、今月末に正式オープンするウェブ小説サイトのことについて文芸欄に書かれていた。角川はいつも新しいことをいろいろ挑戦してくる会社なので、とても興味がある。今までウェブ小説サイトは、どことなく敬遠していたのだが、これを機にやってみようか、と私は思っている。これは私にとってはかなりの一大決心である。ウェブ小説が市民権を得ると、紙媒体の本や雑誌がどんどん売れなくなるので、紙が好きな私はウェブ小説をだいぶ偏見的な気持ちで見ていた。だが、新聞の評では、「多様性という意味においては、本読みにとっては悪くない時代なのでは」と石田衣良氏が言っていたので、考えを改めてみる。たしかに大手出版社にとっては、制約などがあって拾えないような独特の味の作品や、不思議な個性の作家などが見つけられるチャンスでもあるのだ。そういう側面を見れば、ウェブ小説サイトには独自の発展性があり、今や無視できない存在である。
 二月末に、角川とはてなブログが連携してオープンするサイトは「カクヨム」という。さまざまな機能もついて、より身近に「書く」こと「読む」ことを感じられる新プロジェクトだと大々的に発表していた。もしこれが成功すれば、確かに新しい時代が来るかもしれない。
 私はずっと、母にしか小説を見せなかった。私の一番の理解者は母だと思っていたから。でも、理解者だけを求めてはいけないのだなとも思うようになった。批評者の目も、一介の読者の目も必要なのだと、最近実感してきている。
 勇気を出して、最初の表現媒体の世界へ飛び出る第一歩が来たのかもしれない。この先どうなるかわからないけど、何もしなければそれまでなんだ。ネットだから悪意あるコメントも来るだろう。私と全く違う意見の人の激論を聞くこともあるだろう。でも、私の作品を「おもしろい」「また読みたい」と言ってくれる人も、きっと中にはいるのだ。プロの作家になりたいのなら、自分の力で一歩の勇気を出すことも大切である。たくさん書ける達人のような作家にはなれなくても、年一冊でもいいから、固定ファンがつくような独自性あふれる作家でいたい。本当は何でも書ける自分が理想だが、たとえ理想を叶えられなくても、そこに近づくための努力は、生きる上でかけがえのないものをくれるだろう。私は文章を書くのが好きなのだ。その文章を生きがいにしてみようか。
 二月末のカクヨム正式オープンを楽しみにしている。

 

   二〇一六年二月二十一日日曜日

 だいぶ体調は回復してきた。
 そういえば、春先から初夏にかけていつも体調がよかったなと思い出す。秋から冬にかけてが好きな季節なのだけど、身体が軽くなり楽になるのは、ポカポカ暖かい陽気の中だったかもしれない。今日は一日本を読んで過ごして、明日午前中健康診断だから、午後に何か書ければいいな。
 好きなタレントの番組を毎週見ていて、その中に、私の好きな人が「人生を終える時、そばにいてくれるのは異性ではなく同性の仲間だ」と言う場面があり、みんなから賛同を得ていたのだが、私は、はて? と疑問に思った。彼は女が好きではないのだろうか? 前に噂のあった女優とはほとんど利用されたも同然の扱いを受けた風にネットで言われているから、あの女優に傷つけられたのだろうか、などと深読みしてしまった。思わず母に相談すると、「明らかに女に傷つけられた男の言い方だね! あの子はナイーブで神経が細いところがあるから、よっぽど傷つけられたんじゃない?」と私と同意見だったので、彼はやはりひどい利用のされ方をしたのだろう、と勝手に思ってみる。芸能界はしょっちゅうこういうところがあるから、今まであまり気にしていなかったけど、彼は私の好きな人なので、好きな男がひどく傷つけられたと思うとやはりあの女優に対して怒りが湧いてくる。まあ一般人の私が怒ったところで何もしようがないのだが、早く彼のことを心から大事に思っている女性と幸せになってほしいと願うばかりだ。
 もし私だったら、付き合っている人に体よく利用されたら、絶望して長い間塞ぎ込むかもしれない。好きで、心を通わせていると思っている相手にそんなことされたら、心の傷は一生残るだろう。次の恋で心を癒してもらうほかないだろう。恋愛とは、利用とか打算とか、そういう計算でするものじゃない。そんな恋愛しかできないような人間とは付き合いたくないとはっきり思う。恋愛と目先の利益とは、正反対に位置するものだ。恋愛は、結婚のためにあるのだから、少なくとも私は好きな人と添い遂げるための恋愛だと思うから、快楽目的で人と付き合いたくない。きっと彼は真面目な人だから、真面目に恋してしまったのだろう。それでいいように扱われたのだ。今、女を欲していない彼にも、いつか素敵な女性が現れてくれたらいい。
 私は、好きな人が出来たら、どう変わるのだろうか。手料理をがんばっちゃうだろうか。盲目なほど尽くしてしまうだろうか。私も神経が細いしその上病気持ちなので、男の人とそういう関係になれるかどうかわからないけど、もし、その場面が訪れたら、私は自分の心に正直でいたい。この人のことが好きか、この人と恋人同士の関係、行為をできるかどうか真剣に考える。それは失礼な見方ではなく、中途半端に付き合う行為を排除できる、至ってまともな考え方だ。年収とか顔とか頭のよさとか職業とか、そりゃ打算抜きではできないけど、なるべく心で、この人と一緒に居て楽しいか、安らげるかどうかを見極めたい。恋愛は、心でするものだと私は思う。あの女優のような恋愛は絶対にしない。私は、心のままを見せられる人を愛すのだ。あさのあつこさんの悩み相談にも書いてあったじゃないか。「その瞬間は自然と訪れる」と。だから私は自然のままで、過ごしていけばいいのだ。いつか人生の素敵な道に行けるように。

 

   二〇一六年三月二十六日土曜日

 さて、一か月くらい経ったが、相変わらず小説は書けていない。人生で最初に小説を書いたときは、感情の赴くままに三百枚くらい一気に行けたのだけど、そこから余計な感情が邪魔をして、上手く行かなくなっている。一日に十行も書けないのだ。何が囚われになっているのだろう……。
 この前、思い切って母に「私、三人称下手くそ?」と尋ねたのだ。それで「うん。下手」と返された。そこから三人称で書く小説に自信がなくなって、今あるアリサの話に興味がなくなってしまった……。一人称で書きたい気持ちがむくむくと湧き上がってしまって、そっちに集中してしまっている。ウェブ小説としてアップしてしまっているから、途中で放り投げるわけにもいかないし、さて、どうしよう……。
 結局、逃げてるんだな。努力できない、がんばれないんだな。自分の思い描いた自分になれなくて、それで絶望してる。そんなのみんなそうなんだからくじけるなよと自分自身に言ってやりたいけど、一度ドツボにはまると日が沈むまでウジウジいじけてるんだよな、私。本当にこういう性格何とかしたい。
 どうすれば、限界まで努力できるのだろう。「努力してます」と堂々と言える人になれるのだろう。才能を磨くということを怠らない人間になれるのだろう。何一つわからない。何一つできていない。
 体力も、根性も、向上心も何もない。私は作家にはなれないんじゃないだろうか。
 作家になれなかったら、普通の暮らしで一生を生きていくしかないのなら、私は死ぬまで作業所通勤をして、親からお小遣いをもらって、親の年金で生活するのだろうか。自活もできず、恋人も作らず、毎日を家と作業所の行き来だけで過ごす、私の一生。頭の中にはこんなに物語があるのに、所詮私の妄想力などその程度のものだったのだ。自分の妄想が、文章に乗って出てこない。この苦しみは腹を切られるより痛い。私は、ただ気弱で根暗でウジウジした、その辺の冴えない女なのかもしれない。
 悩みの脱却のし方がわからない。もう自分がわからない。
 好きなように書きたいのに、書けない。
 どうしたら何十枚も書ける人間になれる?
 私はずっとさまよっている。

 

   二〇一六年五月一六日日曜日

 本日をもって、私は、作家志望活動を無期限休止することにした。
 私はいろいろ余計なことを考えすぎていた。新人賞の傾向や対策など、「どのように書けば受けがいいか。嫌われないで済むか」という邪念ばかりが働き、最も肝心な「書きたいことを書く」行為を忘れ去ってしまった。
 私は馬鹿だった。まずは自分の文章の下手さを自覚せねばならなかった。一からやり直しだ。本当は何度も「やり直そう」と思ったけれど、こんなに打ちのめされる日が来ようとは。
 カクヨムで作品を発表し、自分の小説がどれほど下手くそか、ほかの作品を比べてようやく悟った。私は何もかもが甘い。推敲が甘い。書き直しが甘い。自分に対して甘い。自分を甘やかしてくれる存在など他人だけで十分だ。私だけは、私自身に厳しく接しなければ。
 そして、あらゆる呪縛に囚われていたことを、知った。私が書く話なのだから、私を書けばいいのに、無理して明るく健気ないい子を書こうとした。その子の方がみんなに良く思われるからという邪心で、心のこもっていない主人公をいっぱい生み出してしまった。彼らに対しても申し訳ない。私は、私の邪心に、ようやく気が付くことができたのだ。
 もう一度、初めて小説を書いた時の、あの自由気ままな感じを思い出してみよう。書きたいことだけ書けばよかった。愚痴でも恨み節でもぶつけてよかった。怖い話も、とんでもなく暗い話も、楽しんで書いた。私の本質を、もっとまじめに探求しよう。私は明るくて素直ないい子にはなれそうもない。でもそのままの私に、きっと個性がある。暗くて陰湿で閉じこもってばかりの私にしか、表現できない世界だってあるのだ。それは、ホラーか、ミステリーか、サスペンスか、伝奇小説なのか。「ありのままの私」をほかならぬ私自身が逃げずに受け止めて、文字として書き起こした時に、本物の「私の物語」が生まれる。私は私と向き合い、自分の武器を見つけるのだ。夢を追うことは、逃げないことである。意志を貫くとは、自分をごまかさないことである。いつかそうなれる自分のために、執筆活動を無期限休止する。日記は、好きな時に書く。もしかしたら書かないかもしれないが、それも私の自由だ。なに、まだアマチュア中のアマチュアなのだ。ルールを課している場合ではない。本来の私を取り戻すのだ。
 休もう。自由に読み、見て、書こう。そしていつか、自分の武器で、世界へ飛び出そう。今はまだ準備期間。
 がんばれ私。

 

 完

 

オリジナル作品のみの扱いです