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花凜文学創作所

自由気ままな創作表現

ノートの白紙を言葉で埋めてみよう企画 第一弾

オリジナル創作 企画 詩文 散文

ノートの白紙を言葉で埋めてみよう企画・第一弾

A7mm×30行 キャン○スノートにて。

 

文字で埋めたら詩文のような、散文のような文章になりました。

とりあえず発表。

 

 

2017.2.18.土曜日

 

私はこの世界にいるとして、私には私の世界があるとして、

だとしたらまだ会ったことのないあなたは、どんな色を纏って、どんな目で好きなものを見、あなたの世界を創っているのだろうか。私とあなたの世界はどう違うだろうか。

私とあなたは同じヒト科の動物だけど、まったく違う人間で、脳の回る速度も芸術を理解する心もすべてが自分と同じではない。その事実に絶望するか期待するかは、人の感性によるものだから、善悪をつけてはいけない。どちらが人生をより良く生きられるかは、本当は誰にも答えられないから、人の声に怯えてはいけない。明るいと暗いを別々に切り離してはいけない。心に眠る孤独な気持ちや狂気を否定してはいけない。その心を持て余している人に向かって、可哀想にと勝手に憐れむ誰かは、実は誰からも好かれていない真の可哀想な人間なのかもしれない。

そんな風に決めた私のルールは、私を律しているけれど、違う誰かのルールを勝手に侵しているかもしれない。私のルールは誰かの自由を奪っているのかもしれない。けれど、それに怯えて自分にルールを持たないことは、世界を憎むことと同じだから、勝手に怖がって勝手に死んでいくことは、最もたやすい悪意だから、そんな手段で世界を染めてはいけない。世界は人の世の形で、百人いれば、百通りの違う人間たちが形成してきた社会だから、「こんな時代か」とひとくくりに言えば、それだけで人の世を侮辱できる。それが大好きな人たちがいて、世界は誕生した瞬間から実は侮辱され続けてきた。それでも世界がこうして成り立っているのは、自分を自分らしくするためのルールを作った人たちの、自分を律する言葉が、今日まで広がり生きて、時には言葉が音楽に代わり、絵に代わり、本となり、後の世を生きる人々に言葉という正しさを伝え続けてきたからで、世界はそんな人たちにずっと守られてきた。世界は美しい。どんな時代であっても、人の心を持ち、律することができれば、世界は美しい。愛はいつの時代も生きている。

私を律する私の言葉は、あなたに届くかも、伝わるかもわからない。私とあなたが会える確証もない。それでも私は、あなたが好きだ。

 

 

 

 

あとがき

 

谷川俊太郎さんの影響がもろに出てしまったww