花凜文学27’

アイ アム ザ  ゴーイングマイウェイ

‐幻影獣‐ 地球事変 《長編シリーズ》

  • 幻影獣に選ばれた、不思議なチカラを持つ生徒たちの学園サバイバル。
  • 四方を森林に囲まれた陸の孤島、青狼〈せいろう〉学園。学校創立者の銅像は獣。100年以上前から言い伝えられている学校七不思議。巷で騒がれてる都市伝説。この学校には<チカラ>を持つ生徒たちが潜んでいて、<外部>と常にコンタクトを取っているという噂だが…?
  • オカルト風味な冒険ファンタジー。地球編。

 

 じりじりと日が照り付ける。うっとうしいくらいに暑い中、憂鬱そうに箒を掃いている一人の少女がいる。もうかれこれ十分も少女はここに佇んでいる。

 掃除の時間、少女はモップで遊んでいる男子生徒を注意したが、それが原因で男子と女子の言い合いになり、いつの間にかクラスの片桐奈実と相崎修人の二人の口論になっていた。その時に先生が教室に入って、中の状況を把握すると、班の者全員に居残りの罰掃除を与えた。少女の担当する場所は、学校の裏庭だった。誰も来ないような場所に、少女は一人で掃除をするはめになったのだ。

 まったく、どうしてこうなるかな。こんなことなら注意しなければよかった。そうすればたとえ先生が来ても罰掃除をさせられるのはあいつらだけだったのに。まあ、今さら後悔してもしょうがないけど。

 少女は深いため息を落とした。罰掃除の時間は三十分と言われていた。あと二十分もあるが、途中で投げ出すことはしたくなかった。とはいえ、この暑さの中に三十分もいるのはさすがにバテる。少女は少しだけ木陰の下で休むことに決めた。

 奈実と相崎なんてもっと大変だろうな。グラウンドの掃除をやらされているもの。ああ、ここにゴミが溜まってる。ちり取りで取っておこう。

 そう思い、少女は何気なく物置の扉を開いた。

  ふと、〈そこ〉に目をやった。いや、目を奪われたと言った方が正しいだろう。一体なぜこんな汚い場所に、こんなに綺麗な物があるのだ。


 目をとらわれた物は、香炉だった。青の模様で縁取られている蓋が、カッポリと収まっている。香炉の取手側と蓋の上に、金色の飾りのようなものが付いていた。蓋を見ると、所々に隙間があり、そこから仄かな甘い香りが伝わってきた。
ずいぶん長い間使われていた物らしく、香りが染みついているようだった。少女はゆっくりと嗅いでみた。

 ふいに視界が揺らいだ。

足元が浮くような感覚を覚える。頭の中がぼうっとする。

 気持ちいい。なんだかすごく気分がいい。まるで空に浮かんでいるみたい。このまま空を飛んでみたい、今なら何処へでも行けるかもしれない。

 がくんと頭が垂れた。少女ははっとして辺りを見渡した。そこはいつもの汚い物置だった。

 今のは、何? 私、どうしちゃったんだろう。あれ、これは?

 視線の先には香炉ではなく、靴があった。

これはうちの学校指定のローファーだ。一瞬、自分のものかと思ったが、小柄な彼女の足には、この靴は少しばかり大きかった。それに。

 どうしてこんなにボロボロなんだろう。まるで何かに踏みつぶされた感じ。

 よく見ると、靴に点々と赤黒いシミのようなものが付いている。まるでこれは。

これって……。

「百合花! 何ぼうっとしてんの。暑さにやられた?」

 背後で声がして、少女――百合花(ゆりか)はビクリと後ろを振り返った。

「ああ、奈実(なみ)。それと相崎(あいさき)」
 
そこには長いこと親友をやっている片桐奈実(かたぎり なみ)と、一緒に罰掃除をやらされていた男子生徒、相崎修人(あいさき しゅうと)が立っていた。

 少し癖のある髪を伸ばしている子、奈実は、百合花と小学校の時からの付き合いだ。背が高くスポーツ万能で、面倒見もある男らしい奈実は、百合花にとって姉のような存在だった。

相崎修人はクラスに必ず一人はいる典型的なお調子者で、いつも笑いの中心にいる。今回の罰掃除の件も、元をたどれば彼のせいだ。

「二人ともどうしたの、掃除は?」
「何言ってるの、もう三十分は過ぎてるよ。掃除とっくに終わっているわよ」
「え?」
 
百合花はあわてて腕時計を見た。時間は三十分をとうに超えていた。

 そんな。いつの間にこんなに時間が。

「有沢って意外とズボラだなあ。そんで、こんなところで何やってんの? やっぱり暑さに侵されて休憩してた? そりゃそうだよなあ。こんなくそ暑い中で掃除なんてやってられないよ。あのハゲ、絶対俺たち殺す気だよな」

「なによ。もとはと言えばあんたがふざけたからこんなことになったんでしょ。確かにあのハゲはムカつくけどさ、あんたが真面目にやれば何事もなく済んだの! お分かり?」

「あらら、人生そんなに真面目に過ごしてたら疲れるだけだって。たまには羽目を外さないとストレス溜まるぞ。お分かり?」

「あんたはいつも羽目外してるじゃない。たまには真面目にやんなさいって言ってんの」

「気楽に考えろって、気楽に。それに俺だけが責められるのはどんなもんかなあ。もとはと言えば注意して話をややこしくした有沢が悪い」

「ど、どうしてそこに私が入るのよ。ああ、ねえ、私さっきそこで変なもの見つけたんだけど」

 二人の言い合いに巻き込まれるのは御免なので、百合花は別のことに話題をずらした。

「変なもの?」二人は声をそろえて言った。

「うん。ここらへんにボロボロの靴が落ちてあったの」本当は香炉が靴に変わったように見えたのだが。

「靴なんてどこにあるのよ?」
「え? だってそこにあるじゃん」
「有沢、お前マジで暑さのせいで脳みそやられた?」
 
二人はあぜんとした顔で百合花を見つめた。振り向いた先には、何も落ちていない。

 今度は百合花があぜんとする番だった。落ちてあったはずのボロボロの靴は、跡形もなかった。

 

 残暑はまだ残っている。じりじりと肌が焼き付くのを感じる。九月の気温にしてはずいぶんと高い。
 百合花たちは暑さにうんざりしながらも、家への帰り道を楽しくしゃべりながら歩いていた。

 あの後、本気で心配し始めた奈実をなだめながら、百合花はあの靴と香炉のことを考えていた。 一体あの香炉は何なのだろう。どうして学校の汚らしい倉庫になど置いてあるのだろう。そしてあの靴は。

「なあ、有沢が見た靴のことなんだけどさ、お前、靴を見る前にさ、その、香炉とか見なかった?」
 
 突然、相崎が図星をついてきたので、百合花はぎくりとして立ち止まった。

「み、見たけど……」
「やっぱり」

 相崎は納得したようにうなずいた。

「な、何が、やっぱりなの?」

 百合花はおそるおそる聞いてみた。

「うちの学校に伝わる噂、お前ら知ってる?」
「知らないけど」「知らないよ」二人は声をそろえて言った。
「だよなあ。何かお前ら、そういう類の話、興味なさそうだしなあ」
「そんなことはどうでもいいのよ。それよりも、その噂ってやつを教えてよ」

 奈実がじれったそうに言った。相崎は苦笑し、話し出した。

「まあ、噂と言うよりは言い伝えだけど。もう十年くらい前に、この学校に転校生がやってきたんだ。

 その子は手に香炉を持ったまま教室で挨拶した。お近づきの印に、という理由で。その子はみんなに一通りの香炉の説明をして、香炉を教室の奥の戸棚に置いた。

 初めはみんな見ているだけだったけど、そのうち一人の生徒が転校生の説明通りに香炉を使ってみた。
 香炉はすごくいい香りで、思わず生徒は目をつむった。目を開けると、とんでもないことが起きた。
 
 香炉は消えて、新品のシャーペンが置いてあった。

 生徒は怖くなって、いったん教室から逃げ出した。でもやっぱり気になって戻ってくると、香炉は元の位置に置いてあった。

 翌日、担任教師から漢字検定の優秀賞、努力賞をもらった。景品として贈られたのは、あの時見たシャーペンそのものだった」

「えー、何それ。幻覚?」
 奈実が気味悪そうに顔をしかめた。

「とにかく、そういうことがあったんだよ。それで、香炉は一気に生徒たちの間で話題になった。綺麗な代物だったし、休み時間は多くの生徒たちが香炉を見ようと殺到した。香炉の香りを嗅いで、目を閉じる。開くと、香炉がある物に代わる。それは近いうち、自分の身に起きる出来事を予測したものなんだ」

「つまり、香炉はその人の未来を予測して、それに関連した物を香りによって『魅せる』ことができるわけ?」奈実が頭をひねりながら話を整理した。

「ああ。その香炉は、そのうちみんなから『夢香炉』と呼ばれるようになったんだ」

 百合花は二人の話を聞きながら考えていた。だとしたら、私がさっき見たあの靴は何なのだろう。あのボロボロの靴。あれは私の未来なのだろうか。

「それと、その『夢香炉』伝説には続きがあるんだ」
「続き?」
 百合花と奈実は相崎の顔を見つめた。相崎は続ける。

「香炉の所有者の転校生は、みんなから人気者になった。けれどある日、転校生の姿が見当たらなかった。学校にも連絡が行ってない、家にも誰もいない。無断欠席として時間はそのまま過ぎていった。
その日突然、学校中から悲鳴が上がった。人が飛び降りたんだ。それは、転校生だった」

「屋上から飛び降り自殺したってこと?」
 奈実が口を入れる。相崎はうなずいた。

「そういうことになるな。それからのこと、香炉は相変わらず未来を『魅せ』続けていた。けれどだんだん、みんなの顔から生気がなくなっていった。授業にも集中できなくなり、やがてみんな、何をするにも先のことが見たくなってしまい、香炉に手を伸ばすようになった。 でも、未来っていいことばかりじゃないだろ。良くない未来も同じように『魅せる』。 それでみんな鬱状態になったり、不登校になったり、あの転校生のように自殺してしまったりしたんだ」

「……穏やかな話じゃないね」
 百合花はぽつりとつぶやいた。

「……まあ、強い精神の人は死んだりしないだろうけど、世の中そんな人ばかりじゃないしね」
 奈実が相槌を打った。

 相崎は話を収束し始める。

「ああ。もうこんな物はなくした方がいいって、一人の生徒が香炉を物置に持って行って、物置ごと火をつけて燃やしたんだ。香炉は燃えて、周りのみんなも少しずつ回復していった。焼け跡から香炉は結局見つからなかったけど、みんな元に戻ったので、めでたし、めでたし、という言い伝え」

「ちょっと待ってよ。それ全然めでたしじゃないじゃん。もう消えたはずの香炉が今またあそこの物置に現れたってことでしょ? つまり、すごく危険な状態じゃない」
 奈実が血相を変えて相崎に詰め寄った。

「そう、片桐の言う通り、危険な状態なんだよ。有沢、お前ここ数日間、注意しろよ」
 相崎の目がこちらに向かれた。百合花はドキッとする。

「そうだよ、百合花。もう物置には行かないようにね。まあ、あんなところめったに寄り付かないけど」
「で、でも」
「大事に越したことはないぞ。有沢が見たのはボロボロの靴。それに関連したことって、何か、絶対いいことじゃない気がする」
「私もそう思う。とにかく気をつけなよ。今が変われば未来も変わるんだから」
「う、うん。わかった」

 百合花がそう言うと、二人はほっとしたように表情を和らげた。

しかし百合花はあの香炉のことが気になっていた。あんな話を聞いた後なので、怖くなるどころか、ますます興味を持ってしまった。

 明日の放課後、もう一度物置に行ってみよう。奈実には悪いが、靴という手がかりだけではわからない。せめてもう一度だけ香炉を見たい。
 
 翌日の放課後、百合花は足早に物置へ向かった。

奈実には適当な理由をつけて先に校門で待ってもらった。百合花は何よりも香炉を嗅いだ時のあの感覚が忘れられなかった。一回だけ。せめてもう一回だけなら。

 しかし、百合花は物置の前で足を止めた。一人が行く手を遮っていたからだ。

「……どうしてここにいるの?」

 相崎が、壁に背を向けて立っていた。

「口だけの約束なんて信用できないからな。一度や二度の注意ぐらいじゃ効果がないってことは目に見えていたよ。みんなそうだったし」

「みんな……?」

 そこで百合花は気が付いた。おかしい。いくら何でも詳しすぎる。言い伝えとはいえ、なぜそこまで知っているのだろう。十年も前ならこの学校にいるはずがないが、それではみんなとは。

「相崎。あんた、一体何者なの……?」

 相崎の表情が曇った。

「……今は、言えない。でも有沢、これだけは言っておく。今まで香炉に触れてきた連中は、みんな悲惨な結果に終わっている。俺はそんなやつらをたくさん見てきた。お前は香炉に沁みついていた香りを嗅いだだけだから大丈夫だ。一度だけだったし、もう物置には行くな。たとえいい未来だったとしても、だ」

 百合花が返答する前に、相崎は口調を強めて注意を促す。

「それと、身の回りに注意しろ。靴ってことは、おそらく外で起きる出来事だ。くれぐれも冷静になれよ。今が変われば、未来も変わる。未来は、分からないから面白いんだよ。これで俺の忠告は終わり。有沢、気をつけろよ」
 
 とぼとぼと、校門まで歩いた。
両方の肩が、まるで鉛でも背負っているみたいに重い。さっきまでの舞い上がった気分が、今や地べたを這いずり回っているような気持ちに落ちていた。頭の中に相崎の声がこだまする。有沢、気をつけろよ。未来は分からないからおもしろいんだよ。

 私はそうじゃない。私は、先のない未来のことを考えると不安になる。今が変われば未来も変わるなんて、本当だろうか。もしかして、最初から全部仕組まれているものではないのか。この時間も、この人生も。

「おーい、百合花」
 奈実の声に顔を上げた。道路の手前の信号下で、奈実が手を振っている。百合花はいくぶん楽な気持ちになった。

「どうした? 遅かったじゃん」
 追いついた百合花に、奈実は明るい声を出す。

「ごめんね。長引いちゃって」
 百合花は力なく笑った。

「何かあったの? あ、もしかして相崎になんか言われた? 気にすることないよ。あいつ、いつもふざけたことばかりしているんだから。あの話も、何か出来過ぎているしさ。ただの法螺話でしょ」

 奈実にそう言ってもらえると、百合花はほっとする。ずっと前から、奈実の言葉だけが支えだった。

「そうだよね。帰ろうか」
 前を見ると、ちょうど信号が変わったところだった。

「奈実、早く渡ろう」
「そんなに急がなくても」

 けれど百合花は走り出した。すぐにでも校門を出たかったのだ。とにかく急げば、このモヤモヤした気持ちも飛ばせるような気がした。

 突然、耳をつんざくような音が響いた。電車がホームに来る時に鳴るクラクションを何十倍にもしたような、鼓膜を震わせる音。
 振り返ると、大きな乗用車が目の前に迫っていた。運転手と目が合った気がした。向こうは目を見開いて、硬直したように動かなかった。

「百合花!!」

 奈実の叫び声が聞こえた。
 
 いつの間にか、周りに人だかりができていた。

その中に、相崎もいる。彼はただ無念そうに唇を引き結んでいた。

それだけ確認すると、百合花は顔を覆った。隣で横たわっている友人を前に、ただ涙を流すことしかできなかった。今さらになって、自分の行動を激しく後悔した。

 こういうことだったんだ。あの香炉は、私の身に降りかかる危険を先に物で警告していたんだ。そして相崎が『夢香炉』伝説を語ったのも、私を物置で待ち伏せしていたのも、私を庇うためだったんだ。

 ごめんなさい。もっと早く理解しておけばよかった。もっと耳を傾けておくべきだった。表面などに囚われずに。

 百合花は見たのだ。

 車の下に転がっているボロボロの靴。点々と血のシミが付いた、あの時見た靴を。

別記事作成

こんばんは!
今ちょっといろいろ試してます。
ちなみに別ブログも作成したので、そこを創作小説中心にします。
pixivと同じ名前にしてみました。
例のごとく作品はまだ埋もれてますが、マイペースに更新していきたいです。

自由に、縛られずに、囚われずに。

長編シリーズ公開

www.pixiv.net

 

書いてみました。

文章まだまだ下手くそです(;・∀・)

右往左往

うおおぉコンピューター分からん…!!

なかなか上手に作れん皆さま生暖かい目で…!

タテとヨコ。

試しに掌編を載せてみました。

Pixivでは作品は縦書き、ブログでは横書きになっております。

どちらが読みやすいかは、まだ試行錯誤中です。

桐原は縦書きが好きですが、横書きも挑戦しはじめたのでどちらも習得できるよう練習します。読みやすさを心がけて!

縦書きで書いた感想

より<小説>っぽくなる。行間を埋めようと意識が働くので、ひたすら文を練り込む。文章修行にちょうどいい。文が上手くなりたい時は縦書きフォーマットで白紙を文字でいっぱいにする。ついでに四〇〇字フォーマットに直すと、全然ページ稼げてねぇ!という現実に気づく。

横書きで書いた感想

いい意味でライトな文章になる。文体が重苦しくならない。一文一文がやたら長くならない。短いセンテンスで切れる。縦書きで書いたあと横書きフォーマットに変えると、この一文ちょっとくどいなというところが見つかる。

発見→タテでもヨコでも読めるのが文章の上手い人!

以上、桐原の独断にて。

掌編小説。〈学園もの〉

男子高校生に一目惚れした男子生徒の物語。

*見方によってはBLっぽいかも注意!(萌えではありません)

 

「君のファンになった」

 

   +1+

 

 佐藤涼(さとう りょう)は、栗名(くりな)のことが好きだ。

 

 栗名の名前は紅葉という。男にもみじなんてつけるか親の馬鹿野郎、なんていつも口にしているけれど、男だろうが女だろうが、栗名は「もみじ」の名を授かる子どもだったのだと思う。なぜなら、彼は本当に紅葉のような鮮やかで華やかな髪色をしていたからだ。

 

 栗名の髪は赤い。人口的には出せない天然の赤だ。葉が色づき始めてから完璧な紅(あか)になるまでの薄い赤。それは一見赤毛にも見えるが、太くてコシのある日本人の髪質に不思議と合い、独特なスタイル美を醸し出している。

 

 涼は自分の席で本を読みながら、ちらりと栗名の人気ぶりを拝見する。今日もやつは華を振りまき、みんなを惑わせている。男も女もやつの虜で、みんながやつに恋い焦がれているのが分かる。ほかならぬ涼も栗名と同じクラスになれたおかげで、一年の時みたいにまずい空気を吸うことはなくなった。その点においては非常に感謝している。

 

 問題なのは、涼の栗名に対する気持ちが、ほかの同級生たちの憧れや思慕ではなく、もっと大きな愛情とか羨望とか欲望に似た感情だということ。

 

 涼は栗名に欲情しているのだ。

 描きたい。

 こいつを描きたい。

 

 こいつの美しさ素晴らしさを芸術に昇華するとしたらどの表現がふさわしいだろう。絵か、音楽か、文章か。

 

 一番ほかのやつらにもすぐに理解できそうなのは人物画だろうが、この学校の美術部の顧問は涼と気が合わないタイプの人間だ。それにあそこで描いているやつらの絵が優れているかといえば、決してそうではないと思ってしまうのが事実だし、自分の描く絵が美術部レベルには収まらないほど激しくて個性的だということを自意識として涼は持っている。

 

 涼は音楽にも造詣が深い。ピアノは弾くと必ず誰かが褒めてくれる。歌も器用に歌えた。プロ目指しなよと何人かが言ってくれたが、生憎これも音楽の教師から「突出していない」と言われた。涼は日本人によくいるタイプで、「正しく丁寧に弾くことにかけては優秀だが、情感も主張も伝わってこない」と評される男だった。

 

 ならば文章で書き表すのはどうかと、小説を書いていた時期もある。しばらく書いていて分かったのは、小説というのはものすごく頭と体力と精神力を使う格闘技で、いったん書き始めたら終わるまで永遠に試合を続けなければいけないサバイバルゲームだったということだけだ。そういうわけで小説も挫折した。

 

 結局、涼はどの芸術分野も心が削れるまで取り組んだことはなかったのである。

 ここまで考えて、涼は自分のみすぼらしさに行き当たってしまう。一度も染めたことのない髪を校則通りに整えているだけの、平凡な見た目の自分。ただ中身が激しく燃え盛っているだけの未熟な己。

 

 涼はとにかく描きたかった。栗名という男を。

 

   +++

 

 その日の授業が終わり仲間と一緒に帰る栗名を、涼は堂々とつけていった。本を片手に持ち、隠れるでもなく、真後ろにくっついて歩いた。さすがに怪訝に思ったのだろう、栗名と仲間たちが涼の方を振り返った。

 

「佐藤、俺らに何か用?」

 栗名の仲間1号がでかい身体で涼を見下ろした。涼も一七〇センチはあるので、上目遣いに1号を見上げた。

 

「栗名くんを貸してくれませんか?」

 単刀直入に言うと、1号は言われたことが分からなかったみたいできょとんとした。涼はもう一度言った。

 

「君たちの友達、栗名紅葉くんを僕に貸してください」

「おい、栗名はモノじゃねーぞ。てかお前誰だよ」

 涼より小柄な体型の仲間2号が割って入った。今にも掴みかかりそうな険しい顔だ。

 

「僕は君たちと同じクラスの佐藤涼といいます。よろしくお願いします」

「そんな人間いたかよ」

「スズ、ちゃんとクラスメイトの顔は覚えないとー」

 仲間3号の高い声が、少し可笑しそうな意味を含ませて聞こえた。

「うるせえ、お前も覚えてないだろ」

「俺は女子と男子十名は覚えたぞ」

「半分もいってねーじゃん」

 2号と3号の凸凹コンビがじゃれ合いを始めて、仲間1号の方は「どうする?」と栗名に意見を求めた。

 

「佐藤、俺のこと借りてどうすんの?」

 守られるようにして立っていた栗名が言った。率直な疑問を口にした風だった。そこに訝るような、気味悪がるまなざしはなかった。単純に涼のしたいことを聞いている目だった。

 

「栗名の肖像画を描きたい」

「しょうぞうが?」栗名は涼の言葉をくり返した。

「古くは国を治めた王や皇帝の権力を表したもの。自分の信じる絶対的な人物を己の技法で書き表したもの」

「ふ、ふうん」

 栗名は話の先が見えないようで、涼に合わせながらも引いた目をし始めた。

「君はすごい存在だから、後世に残すために僕が描かなければいけない」

 ここでやつを逃すわけにはいかない。涼はきっぱりと言い切った。

 栗名と仲間たちはいよいよ分からないらしく、互いに視線を合わせだした。

 

「つまり君は芸術的なまでに華やかで素敵だから、何としても僕が作品として残さなければいけないんだ。美しい人を一生涯描き続けるのが僕の使命なんだよ」

 ここまで言えばさすがに分かるだろうと高をくくった時、栗名が一言「こわい」と発した。

 

「え?」

「何か、お前、こわい!! 嫌だ!!」

 栗名の顔は引きつっていた。いっそ泣きそうな目で涼から猛スピードで離れた。一目散に逃げていった栗名を仲間1号が追って、2号と3号が何やら罵詈雑言らしき言葉を涼にぶちまけながら二人一緒に走り去っていった。

 

 ぽつんとその場に残された涼は、「取り逃がしたか……」と一人つぶやいた。

 

  +2+

 

 翌日、栗名は休みだった。

 無断欠席だった。

 確実に昨日の件が影響しているだろうと踏んだのか、仲間たちは放課後に涼を取り囲んで吊し上げた。

 

「てめえみたいなのが栗名に近づくんじゃねえ」

 小さい背の仲間2号が噛みつく。

「告白しただけなのに」

 さらりと返す。

 自分のあまりに泰然自若な態度は、かえって彼らの反感を買ってしまうらしい。三人とも目を吊り上げて口々に怒鳴り出した。

「気持ち悪いんだよ!!」2号。

「人には態度というものがあるだろ」1号。

「根暗人間がでかいこと言ってんな」3号。

 

 涼は言った。

「それは違う。僕は根暗グループではなく芸術家グループなんだ。根暗はただの根暗だけど、芸術家はそこから生まれ変わった『誇りの一匹狼』の属性なのさ。僕はそこの生まれで、弱者同士で傷の舐め合いみたいに縮こまっている根暗グループとは違う。君たちは部外者だから難しいだろうけど」

「話が長ぇ!!!」

 2号が怒鳴り散らした。

 

「つまりお前は自分が芸術家だと信じて疑わないわけか?」

 1号の低くて重い声が、あきれた意味を含むように吐き出された。

 

「うわー、すげえ選民思想

 3号が嫌味たっぷりに言った。

 

 このまま話していても埒があかない。涼は鞄からいつも携帯しているA4サイズのスケッチブックを取り出した。三人は不穏そうな目つきで見張った。

 

 ページを開き、鉛筆を持って、涼は描いた。

 

 目の前の三人を。

 

 いったん手が動いたらあとはもう楽だった。本能の従うままに、脳の中の神様が「描け」と命じるままに描く。ラフスケッチだから仕上がりは簡単だ。涼はほとんど手元を見ずに目の前の彼らを目に焼きつけ、それが目を通って脳に伝って頭からつま先までを駆けめぐって外に出されるのを待つだけだった。

 手は武器だ。絵は手段だ。脳は司令塔だ。人は芸術だ。この社会で生きていくために何も欠かせない。

 手の中の鉛筆は徐々にスピードを緩め、最後の細かな修正を終えるとぴたりと動かなくなった。

 

 三人は呆然としていた。

 涼はページ三枚分をはがして三人に配った。

 

「うまい……」1号。

「くっそ、うまい」2号。

「そもそもなぜこんな線が描けるのか分からない」3号。

 

 涼はスケッチブックをしまい、彼らの目を見据えた。

「僕は真剣に栗名紅葉を描きたいんだ」

 

 三人は押し黙った。

 どれくらい睨まれていただろう。

 1号が沈黙を破った。

 

「栗名の自宅はここから三駅目にある」

 ほかの二人が1号を見上げた。目がこれ以上ないほど飛び出ている。

「……京王線沿線?」

「ああ。各駅停車で行って三番目の駅から徒歩十五分くらいだ。市民バスも出ている」

「そうか」

「バスに乗れば十分くらいで押立町(おしたてちょう)団地に行く。そこが栗名のマンションだ」

「教えてくれてありがとう」

 

 涼はすぐに踵を返し、廊下を速足で進んだ。後ろから凸凹コンビが「馬場ちゃんの阿保!!!」と叫んでいるのが聞こえてきた。あの大きな男は馬場ちゃんというのか、と涼はついでに覚えた。

 

  +++

 

 調布から三つ目の武蔵野台駅に着いたものの、肝心のバスが三十分に一本だった。暇でしょうがないので絵を描いて時間をつぶそうと思い、下書きをしていたら思いきり集中してしまって三十分をとうに過ぎてしまった。また三十分後だ、と反省して少し時計を気にしながら丁寧に色を塗り始めた。色鉛筆とクレヨンで色を足すうちに、本気で仕上げたいと気合が入り始めて結局完成させてしまった。はたと気づくと周りに年配の方々が集まって「絵描きさんだよ」「若いのにすごいねえ」とにこにこ話しかけてきたので、適当に笑ってそそくさと逃げた。ちょうど時間だったらしく、小さな明るい緑色のバスが到着していたのでそこに飛び乗り、運賃を払ってほっと一息ついた。座席はまたお年寄りで埋まっていたので吊革につかまった。バスが発車した。小型の市民バスは見かけに似合わず豪快に道を走り、車内はがたがた揺れた。武蔵野台地と呼ばれている坂道の多さに少し酔いそうになったところで、栗名の住む団地にたどり着いた。

 

 降りると、もう夕方近かった。結局一時間半近くかかってしまった。四月の暖かな日差しはすでに夕日になり、橙色の太陽が雲を淡く染めあげている。ここはとても落葉樹が多いな、と涼は感じた。まるで森の町のようだ。木々とコンクリートの建物と、車二台ほどが通れるくらいの道路。大人一人分の遊歩道。周りはほぼ、レンガ色をしたマンションだった。西洋建築のようなアーチ状の玄関口に、中は薄暗い廊下と黒いドア。日当たりも風通しも悪そうな鉄筋コンクリートの家々が、まったく同じ間隔で立ち並んでいた。ここだけ遠い異国の田舎町にワープしたみたいだ。

 

「すごい団地だな……」

 どうやって栗名の居場所を突き止めようか考えていると、当の本人が両手にゴミ袋を下げてすぐ近くの家から出てきた。

 

「あ……」

 鉢合わせになった涼と栗名は、一瞬ふぬけたように目を合わせた。

 

「……佐藤?」

「うん」

「……なんでお前がここにいんの?」

「住所を突きとめた」

 

 とっさに身を構えた栗名に、涼はさっとスケッチブックを差し出した。

「この絵を見てほしい」

 栗名は嫌そうにしながらも、袋をゴミ収集所の箱に入れて、手を払ったあと受け取った。

 

 ページを開いた栗名の目が、見開かれた。

 

 そのまま栗名は、まるで電池がショートしたロボットみたいに静止してしまった。彼の身体の時間が混乱しているのか、栗名の顔は赤くなり、次に青くなり、最終的に泣き出しそうな表情になった。唇が、ひどく震えている。

 栗名は目を奪われていた。スケッチブックの中の自分の微笑みに。

 

「……これ、俺なの?」

 栗名はそっと顔を上げて、涼の目を見た。深い感銘を受けた表情が彼の顔にあった。

 

「君だよ」

 涼は強くうなずいた。あの時間、一心不乱に筆を走らせていた自分を思い出す。手が止まらないほど描ける喜びに浸っていくのは、本当に久しぶりだった。

 

「僕は、栗名のことを描きたい」

 強く言った。

 涼は自分の残すべき作品(モデル)を見つけたのだ。

「僕は画家になるべき人間なんだ」

 音楽でも小説でもなかった。涼はこの世のすべての美しさを伝えるために、絵を描く人間として生まれてきたのだった。

 涼は絵しか描けないのだ。絵のために生きるのだ。

 これはすべての始まりだ。

 

 腹の中でくすぶっていた悩みとも鬱憤ともつかない何かが、すとんと身に落ち、代わりに何か熱い塊が押し寄せて全身を駆け巡っていくのを感じた。

(たとえ茨の道でも)

 涼は胸の奥で誓いを立てた。

 

 栗名がふいに笑った。

「これだけうまいなら、すさまじい執着心持つ野郎でもしょうがないかな」

「栗名、絵が好き?」

「好きっていうほど見てない。だけどど素人だってこれは分かるよ。プロでも、いや、日本中でもいないよ。こんな激しい線」

 涼の描く線は荒々しかった。栗名を描いた人物画を見ても、そこにある人間の顔は迫力に満ちて、絶対的な自信にあふれた見事な美丈夫だった。その絵は栗名の今現在の年齢ではなく、もっとずっと大人になった青年の姿だった。

 

「僕は人の未来が見えるんだ」

「だから年齢を変えるのか。これ俺だけど、俺じゃないもん」

 

 ――よかった。彼に伝わって。

 涼は胸のうちで深く安堵した。

 

「君の仲間がここを教えてくれたんだよ」

 すると栗名はぷっと吹き出した。

「ばーか、あれはお前を試したんだよ。俺の家めちゃくちゃ分かりにくいもん。バスもほとんどないし、自力でここにきたやつはお前が初めてだよ」

 涼がきょとんとすると、栗名はますます笑った。

 

「今日休んだのは妹が熱出したから。うち母親しかいないから、俺が父親の役をやるの。あの学校、口うるさくなくてよかったよ。バイトもやっているけど内緒な」

 栗名はニッと笑った。その笑顔が素敵で、涼は思わず口走った。

 

「必ず画家になって、君をスターにさせてあげるからね」

「先取りしすぎだ。馬鹿」

 

 日が落ちようとしていた。四月はまだ空気が寒く、徐々に身体が冷えていく。青を塗り重ねるように少しずつ夜になっていく空を、涼はそれでも美しいと思った。

 

 了

 

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漫画遍歴

漫画は少女漫画、女性向け漫画を中心に読みます。なので感想は女性目線になりそうです。

 

中学~高校まで少年漫画中毒だったのが時を経て女子向け厨二中毒に。

その時好きだったのはソウルイーター鋼の錬金術師パンドラハーツなど。

今は厨二は文豪ストレイドッグスをたしなむ程度。

 

好きな少女漫画家・種村有菜水沢めぐみ吉住渉酒井まゆ小花美穂など。(りぼんっ子でした)

今は花ゆめとLaLaを時々買ってる。

ほかに志村貴子羽海野チカよしながふみ吉田秋生望月淳あきづき空太など。

 

心の故郷はセーラームーン(アニメ)。

バイブルは少女漫画の母、萩尾望都

 

いろいろ述べましたが究極は最後の二つがあればいい。