自由ーフリーダムー

アイ アム ザ  ゴーイングマイウェイ

小説家を目指すアマチュア作家の修業場所

ご挨拶。

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こんにちは('ω')ノ! 

桐原歌子(きりはら うたこ)と申します。

ようこそ花凜文学27’(かりんぶんがく27’)へ!

  

***以下、お読みくださいませ(*'ω'*)*** 

 

*こちらのサイトはプロの作家になりたい小説家志望者が個人で運営するブログであります。

*完全なる個人営業のため、責任も権利もすべて桐原にあります。

*創作する物語はすべてフィクションです。実在する団体や事件などとは一切関係ありません。

*雑誌や漫画などの感想を書くときは、雑誌名・出版社・記事を書かれた方のお名前を引用元として抜粋致します。

 

☆桐原の特徴☆

 

季節の変わり目、大きな天候の変化にかなり弱いです。そのため、当ブログの更新はかなり不定期になります。特に春から梅雨前線が来るまでの時期は冬眠が必須)

  1. 「梅雨明けです!」のニュース速報と同時に長い眠りから目覚めます。……と思ったら秋雨前線でまたこけます(^^;) 扱いづらい身体ですが、ご理解のほどよろしくお願いします。
  2. 調子がいい時と悪い時の差が激しく、悪い時期はブログから遠ざかっています。桐原自身気をつけていますが、もしも「ん?」と読者様に違和感を抱かせてしまった場合、謹んでお詫び申し上げます。

 ***それでは、お楽しみください~(^_^)***

 

 

☆活動中のSNS

 

『(*‘ω‘ *)誰でも見ることができます。』

Twitter・heartnight16

 

*ユーザー登録必要(無料)*『(*'ω'*)登録しなくても閲覧はできます。』

カクヨム・現在こちらで一人編集長(笑)をしております。

花凜文学(@karintou9) - カクヨム

 

note・クリエイター活動はこちらでやっております。

 

note.mu

 

↓「つきみ詠子」で作り直しました。('ω')ノ

小説家になろう

 

 

 

連絡先

messenger.of.kanata12325*gmail.com

(*を@に変えて送信してください)

 

作品のご案内。

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*作品集*

 

長編小説

1 Mary the phantom (マリー ザ ファントム)➖大怪盗魔梨花

異世界ファンタジー」「女怪盗」「宝石強盗」「盗賊狩り」「22世紀の仮想日本」

カクヨム小説家になろうにて連載予定*

 

2 Missing White (ミッシング ホワイト)

異世界ファンタジー」「パワーストーン」「宝石」「アンティーク・ドール」「人形」「ぬいぐるみ」「女主人公」「少女小説

カクヨム小説家になろうにて連載予定*

 

3 空から天使が舞い降りる

「学園シリーズ」「青春」「恋愛」「学校生活」「キラキラ≠楽しい」「屈折と不安」「思春期~青年期」「十代小説」

☆構想中☆

 

4 ぼくの名を呼んでほしい

★「空から~」と同じ世界観の物語です★

ブログ中心に執筆いたします。改題や改稿を繰り返してしまいますが、ご容赦を。

 

5ARISA HANSEL 《アリサ=ヘンゼル》

 ARISA-Crescent 《アリサ=クレッセント》

タイトルまだ考え中。

途中でお話が枝分かれする可能性があるため、色々な投稿場所にて執筆します。

戦うお姫様小説です!カクヨム小説家になろう、ブログにて連載いたします。

 

短編小説

小説家になろう」にて掲載予定。

 

連作シリーズ作品(群像劇・オムニバスなど)

小説家になろう」「カクヨム」にて発表予定。

 

詩文・散文・ポエム

ブログのみ。 

 

エッセイ・日記

ブログのみ。 

 

雑誌(芸能・音楽関係)などの感想

裏サイト「ヲタ活。」または「花凜芸術」にて発表予定。 

 

本(小説や漫画など)の感想

 こちらで上げる予定です。

 

星に願いを

今週のお題「星に願いを」

 

   星に願いを 

作 桐原歌子

 

 昔から流れ星を見たことがない。

 星に祈ったこともない。

 私の将来の夢は作家だ。

 作家を目指すようになったきっかけは、今でもはっきりと覚えている。

「あんたの作品、すごい。あんただけが『小説』としてきちんと成り立った物語になってる」

 小学校三年生の時、授業の一環で「詩や小説を書こう」というテーマがあった。

 みんなわりかし乗り気だった。そこまで悪いクラスではなかったし、国語や算数の授業よりは楽しそうな気がしたからである。

「ウソを書いてもいいの?」

 クラスメイトが質問した。

「小説は、ウソで成り立っているの。物語は想像の世界なんだよ」

 みんなで当時は珍しかったパソコン室に向かった。まずはワードの立ち上げ方から学んで、書式の保存形式を習って、ドラッグの方法を知って……。

 九歳の私にとって、テレビともゲームとも違う四角い箱の向こうの無機質な画面は、真っ白な異世界だった。

 いざ小説を書くに至り、脱落者は出なかった。みんな思い思いに自分の言葉で自分の空想を作り出し、パソコン室には生徒同士で画面をのぞき込む光景が広がっていた。

 出来上がった私の小説は、三枚から五枚程度。とくに先生や友だちからは何も言われなかった。みんなで物語を読みあう授業はなく、その代わり先生が一冊の文集にまとめて印刷してくれた。

 その文集は、家のどこかに隠れたままだ。

 何年たっても社会人になっても、あの小学校の授業は鮮明に思い出すことができる。国語も算数も何ひとつ思い出に残ってないのに、あの小さな椅子と机、防災頭巾の赤色は記憶のかけらに残っている。

 私は出来上がった文集を母に見せた。

 しばらくしてから、母は私をリビングに呼び、ちょっと興奮した顔で言った。

「あんたは小説の才能がある」

 母がこんなに喜んだのは、九歳の私にとって自分のこと以上に大きな出来事だった。

 それ以来、私は中学に上がっても高校生になっても、書き上げた小説を母に見せている。読書家の母は厳しかったけれど、やはり最後には「才能がある」と嬉しがってくれた。

 大学でコケて人生でいちばん迷惑をかけた日も、家に引きこもってやっていたことは、小説を書くことだった。

 私にとって小説とは、母との思い出であり、私自身のルーツである。

 今はまだプロになれるかもわからない。ただ、私の半身とも呼べるほど近くなった「小説」とは、これからもつかず離れずしながら、時には醜くぶつかり合って、時にはどちらかが片方を食い殺して、それでも、這いつくばりながら、白い画面に杭を打ち込むように文字をつづるのだろう。そういった日々が一生続いていくだろう。

 やっぱり文字を書いている時が幸せだ。そう実感しながら。

 だから、流れ星に願いをかけるとしたら、私の祈りはただひとつ。

「小説をたくさん書けますように」だ。

 

 終わり。

7月になったからじゃにーずにハマろう。

こんばんは!(;’∀’)

 

前回のブログに「赤髪の白雪姫見るんだ!( ..)φメモメモ」って載せちゃって後で自分の壮大なる勘違いに落ち込んでいたアホです、こんばんは!( ;∀;)

 

さてさて、世間はいろいろ動いてますね。

 

4月期のドラマは「花のち晴れ」「コンフィデンスマンJP」「デイジー・ラック」などを見ていました~。

 

とくに4年ぶり(マジか)のデビューとなるジャニ’sさんたちの新グループ、その名も「KingPrince」がイイですね~。「キンプリ」というんですね!

うちの母がさっそく紫の子にハマりそうです笑。

岸優太」くんというのですね。かくいう私も岸くんのちょっとあどけなくてまだまだ自信がなさそうな困り顔がツボです(*´▽`*)。カワイイなあ~。

 

そして嵐ファンの私、VSにキンプリちゃんたちが出てきたことをきっかけに持てるヲタクの力を使ってメンバーちょっと覚えましたよ!!←BBAですがよろしく!( ;∀;)

 

やっぱ、平野紫耀(ひらの しょう)くんですよね。(*´▽`*)

 

漢字変換で出てこないもんね。←(違うそこじゃない)

 

何なら辞典引っ張ったからね。←←

 

 

読み:むらさき。し。

意味:赤と青のまじった色。帝王、神仙、道教などに関する事物に関する語。むらさきは、もと帝王・神仙の色とされていたことに基づく。

 

耀

読み:ヨウ(エウ)

意味:かがやく。また、かがやかす。かがやき。ひかり。あきらか(明)。

 

参照元:新漢語林初版(部屋にあったヤツ)

 

特に意味はない。←(ヒマか)

 

 

こうして人はどんどん若い方へ夢中になっていく……。←

 

しばしジャニ’sさんたちの若手グループを追うことになるかな。

今はセクゾちゃんのCDとキスマイくんたちのアルバム用資金を貯めてる桐原でした。

 

次回は小説がんばる!!( ;∀;)

 

 

 

2018.7.3(火) 桐原歌子

今月も100pv突破しました!!

みなさまお久しぶりです。m(__)m

 

なんとありがたいことに、亀更新著しいこのサイトが今月も100PVを突破いたしました~~!!(*´▽`*)わ~い、やったやった~。

 

これも辺境ブログに来てくださるみなさんのおかげですm(__)m。本当にありがとう……。

 

現在は「エブリスタ」「星空文庫」をちょこっと更新したぐらいですかね~。

なんかもう本気で仕上げたい欲が高まりまくって、社会に出たくないや!(^^)!←出ろ。

 

あと、お話しさせていただきたいことがあるのですが……、

みなさん「カクヨム」途中で逃げてごめんね(;_:)。

これからは根性直して、気持ちが整い次第、またトライしてみたいと思います(泣)。

 

 

さてさて……、

 

いよいよ春のドラマも終わり、夏ドラマの季節ですね!!

 

今年の夏は「赤髪の白雪姫」見るんだ!

 

「赤髪の白雪姫」TVアニメ公式サイト

 

あとは出演が決まってる戸塚祥太くんと伊野尾慧ちゃんのドラマ見ます💛

伊野尾慧&戸塚祥太が宇宙人の兄弟に、「トーキョーエイリアンブラザーズ」ドラマ化(コメントあり) - 音楽ナタリー

 

ほかにもアニメとドラマで引きこもりの夏を盛り上げていくぞ~。

 

取り急ぎ報告まで!!

 

夏もがんばります!!m(__)m

 

ぼくの名を呼んでほしい【Please, Call my name……,】3

 red-pink16.hatenablog.com

 

red-pink16.hatenablog.com

 

 第3話。女の子が出てきます。栗名君が動きません(;'∀')。

 

+第3話+ 「追いかけてほしかったのに」

 涙のメリーゴーランド。愛情が空回りする……。

 どうすればよかっただろう。

 YUI「Merry-Go-Round」より。

   ***

 

 岡崎永美《おかざきえみ》は、今日も手を繋いで登校する馬場直純と溝ノ口当《みぞのくちあたる》の仲睦まじい様子を眺めていた。

「いや、あれはないでしょ」

 永美は半笑いを浮かべた。隣には大親友の藤木結花《ふじきゆか》。二人は腕を組んで二階の窓から下を覗いている。

「それじゃあ栗名はどうなんの?」

「佐藤君にアプローチされた人よね?」

 永美と結花の後ろから、女子二人組が話しかける。神崎梗《かんざききょう》と、速水薫《はやみかおる》である。

「俺は信じねえからな!!」

 金切り声を上げたのは佐々鈴蘭。彼は最近、五人組という奇数の人数のせいであぶれがちなのだ。そして、なぜか女子のグループに入っている。

「あんたのクラス、一組でしょー」

「二年なんてどれも一緒じゃねーか」

 鈴蘭は全く可愛げのない台詞を吐き、堂々と女子の輪に入り込んで、売店の焼きそばパンと牛乳を食らっている。

「まあ、一、二、三組までは普通科だからな」

 梗は笑って、桜色のネクタイを締め直した。ここは男女両用の制服が用意されてあるから、自分みたいな性別の半端者には都合がいい。と、梗は毎日軽い口調でみんなと接している。

 鈴蘭は梗のことを気にかけている。

 永美には、それが分かっていた。

 

   +🌸

 

 昼休み。

 永美は部室の扉を開けて、旧友に助けを求めた。

「理衣子《りいこ》さん、お願いします。あなたの学級委員長能力であの忌々しいチビ男をやっつけてください」

「何言ってんのよ。私にそんな力あるわけないでしょ。大体、佐々君は成績優秀、品行方正ではないけれど学期末テストにはなくてはならない存在なんだから。私はあの人をライバルと認めてるの。下から数えて七番目のあなたの相手をしてる暇ないわよ」

「ほら! そういう可愛くない文句垂れ流すから男子が寄ってこないんだ!」

「私に男なんていりません。佐々君がライバルだったらいいの」

「佐々鈴蘭は男だから!」

「私の中では彼の性別は中性です」

 綾本理衣子《あやもとりいこ》は少し妄想が行き過ぎる女の子だが、一応、これでも長いこと親友をやってきた仲である。強気で勝ち気で生真面目な彼女なら、どんなに憎たらしい男子でもその達者な口で黙らせることができるのに、今、理衣子は永美の天敵に恋心――なのかは不明だが――夢中なのだ。

「ひどい。誰もあいつを倒してくれないなんて……」

「他力本願が一番みっともないわよ。成績でぶつかり合いなさいよ」

「それこそもっと駄目でしょうが!」

「何よ、男子と女子が成績以外でぶつかり合えるものなんて、ほかにないでしょ」

 永美は理衣子に言われて、口をつぐむ。本音を言うなら鈴蘭と昭和の漫画レベルの殴り合いをしたいと思っている。だが、ああ見えても力は強いに違いない。自分なんか一六〇センチにも届かないというのに、鈴蘭は五センチ高い。不満だ。男女の差は不公平だ。身長も、体格も、筋肉の量も。

「そうだ」

 永美はいい案を考えついたというように目を見開いた。

「結花ちゃんを使って栗名を誘惑したらいいんだわ」

「何でその発想で栗名君に行くの? 彼は佐藤君とお熱でしょ」

 理衣子が白い目をこちらに向ける。

「違う、違う。佐々の永遠の友人は栗名だよ。美少女ランキング二年連続一位の結花ちゃんが迫ってくれれば、栗名も落ちるって。あいついい人そうだし、簡単に騙せそうだし、そしたら佐々のデリケートなハートは傷ついて、理衣子、あんたのもんになるじゃん」

「女って怖い」

「私たちは悪魔の双子よ」

 双子、というのはもちろん比喩である。永美と結花はたいへん意地の悪い性質で有名なのだ。

(もはやどっちが嫌われてるんだか)

 むろん、理衣子も人のことは言えないが。

 

   🌸

 

 永美は行動を起こすのが早い。言葉を選ばずに言うとこらえ性がない。昼休みの時間に理衣子を訪ねた後は、さっそく結花と共謀を図っていた。

「栗名君よりは佐々君の方が扱いやすいから、そっちにしよう」

 結花は花冠が似合うようなお顔で、目をキラキラと輝かせている。悪戯したくてしょうがないのだ。男はみんなこの子に騙されていく。

「栗名君はよく分からない人だから」

「結花ちゃんでも無理っぽい男子がいるんだ」

「まあね」

 ふうん、意外だな。理衣子はそう思い、永美に目をやる。永美もまた理衣子に同じ視線を送る。

「栗名君はミステリアスな人だよ。目が語ってるもん。俺の心に入らないで。てね」

「結花ちゃんすごいなあ。私なんか全然考えなかったわ」

「あんたは男に興味がないだけでしょ」

 理衣子の言葉に、それもそうねー、と永美は答える。結花は体育館の開放口から見える男子の球技を観察している。ただいま午後の六時限目だ。時刻は三時過ぎで、空はすでに赤の色を濃くしている。

「栗名、行け!! 君の情熱を空に爆発させるんだ!!」

「お前はなぜ体育の授業に出ない!?」

 小さな第二グラウンドでは佐藤涼と体育教師が大きな声で怒鳴り合っている。永美と結花と理衣子の三人は「それにしてもあいつは不思議よね」と口を揃えた。

 きゃー、と今度は体育館に女子の黄色い声が上がる。「ああ、神崎ちゃんがサーブ決めたんだ」「バレーボールは彼女の独壇場ね」永美と結花がはしゃぐ。最後の対戦をしていた二チームは神崎梗のグループに軍配が上がったようだ。

「薫さん、負けたの……」

 理衣子は誰にも聞こえないように声を押し殺し、つぶやいた。

 

   🌸

 

 理衣子は永美と結花の二人を好きだ。

 もはや愛していると言っても過言ではない。

 綾本理衣子は女の子が好きだ。

 女の子の甘い匂いが好きなのだ。

 

   +🌸

 

 ゴールデンウィーク、と聞いて嬉しがる人間もいるけれど、理衣子にとってはただのいつもの休日である。ちょっと古書店でも覗いてみるか、そんな程度だ。

 理衣子はほぼ毎日書店で小説や詩を物色している。学校帰りの駅ナカ書店など、理衣子にとってみれば大宮殿だ。大人から見れば大げさ過ぎるかもしれない。けれど、理衣子はまだ親から保護されなくてはならない。十七歳。大人になるには、少し早い。

(目ぼしいものはないわね……)

 木立学園からのスクールバスを降り、理衣子は多摩センター駅啓文堂書店へ出向いた。多数の小説が並んであったが、今一つ自分の心にピン、と引っかかる琴線のような輝きを持つ物語がない気がする。あまり大好きな作家ばかり追い続けるのも、同じ話のネタが生まれるばかりで脳の刺激によくないと、著名な誰かが言っていた。

(多摩センター、もう少し頑張ってほしいわ……)

 地元であるだけに、ほかの都心部より蔵書数が足りないのを、理衣子は密かに気にかけている。

「あ」

と、理衣子は声を上げた。学年一位の「爽やかイケメン君」が、見知らぬ女子を連れて漫画コーナーにいたからだ。

(家族かしら……)

 栗名の隣にいる女の子の髪は赤かった。栗名は赤毛だ。そこまで目立つ赤色ではないが、日本人は黒髪だらけなので毛色が違うとそれだけで目立つ。

(私は気にしないんだけどね)

 本棚の陰に隠れ、理衣子は連れの女子をじっくりと観察する。栗名の髪より少しオレンジの色合いが強いな、と思った。光り輝く赤毛である。しかし「赤毛のアン」の作中で出てくる「ニンジン色」と呼ばれるほどの色ではないなと思った。

 理衣子は栗名と彼女を見続ける。栗名の赤毛と、彼女の赤毛

(やっぱり栗名君の方が「いい」色だわ。赤って目立つけど、惹きつけられる強さがある。今度の新作は栗名君を題材に使おうかしら)

 じっと眺めていたおかげで、理衣子は栗名たちがとっくにこちらの無遠慮な視線に感づいていることを失念していた。

「あのー、綾本」

 栗名がパッと振り返り、苦笑いを浮かべながら近づいてくる。理衣子は少しだけ身をすくめる。

「あら、栗名君」

 背筋を正し、理衣子はよそ行きの口調で返した。

「ええと……、部活?」

「そうよ。演劇部」

 栗名の隣の女の子は、理衣子の顔をちらちら見上げ、恥ずかしそうに視線をさまよわせている。

「ぶしつけに見ていてごめんなさいね。演劇部の脚本づくりに苦労してるのよ」

「はあ」

「何しろ、うちには岡崎永美と藤木結花がいるからね。あの性悪女ども、まだあなたに悪さをしていないかしら」

「悪さ?」

「いえ、こちらの話」

 理衣子はふいっ、と顔をそらした。ということは、結花たちはまだ作戦会議中なのか、あのコンビにしては手を出すのに時間がかかっている。

「ところで、妹さんかしら。かわいい子ね」

「おお、サンキュー。ほら、褒められてるぞ、お前」

 女の子はまたちらっ、と理衣子を見上げる。すると蚊の鳴くような声で「……ありがとうございます」とつぶやいた。

「人見知りが激しくて、こいつ」

 栗名は困ったように妹の頭を撫でる。

「何歳差?」

「六歳」

「それは大きいわね。ほとんど父親の気持ちでしょう」

 栗名の顔が一瞬、スッと影が差したように曇った。あら、どうしましょうと理衣子が対応を考えている間に、栗名はさらっと話題を変えた。

「演劇部の去年の演目よかったよ」

「あら、どうもありがとう。最近はネタが枯渇してしまってね。軽いスランプかも」

 理衣子は演出家だ。『木立学園』を選んだのも、ここが芸術ごとに強い学校だからだ。

「そうか? 去年のやつ、完全オリジナル作品なんだろ? 迫力あったよ。お前、才能あるんじゃないか?」

「そんな風に言われると、調子に乗るわよ」

「綾本は少しくらい調子乗った方がいいかもな」

(……さすがに栗名君は言うことが違うわね)

 高校二年になると、男子は急に大人になる。いつまでも成長しないやつがいる一方で、教室の箱からすでに将来を見据え、羽ばたく準備を始める、自分たちよりずっと大きな背中を見ることになるのだ。

「栗名君、あなたはどこへ行くの?」

 理衣子は栗名の理知的な目を見て、言った。

「え」

「進路の話」

「ああ、そっちか」

 栗名の目はほんの少し怯えた色を持っていた。

「俺は……、俺はまだ明確な目標が見えてないんだ。大学行けるかどうかも曖昧で。学費の件で」

「そうなの」

 貧乏な学生は山ほどいる。木立学園だって、就職する道を選ぶ生徒が一割弱いる。今の時代に演劇を目指す理衣子につらく当たる連中もこの先出るだろう。

「栗名君は、模試の結果、佐々君と競っていたでしょう。何も不安に思うことはないんじゃない?」

「うん」

「私は演劇学を学べる大学を片端から調べてるの」

「綾本らしいな」

「栗名君は、何を目指してるの?」

 彼の目が再び動揺する。

「目指しているものが、あるんじゃないの」

 理衣子は強く出た。彼をずっと見続けていたこの数か月。栗名には、ある「秘密」がある。

 栗名は、夢を、持っている。

 理衣子が想像する限り、おそらく、途方もない大きな夢。

 誰にも言えないほどの切実な思い。

 この人は持っているはず。

 理衣子はそう思った。

 栗名の腕にくっついている妹が、帰りたそうに彼の服の袖を引っ張り始める。

 「……もう行かなくちゃ。じゃあな、綾本」

「……ええ」

 ぐずる妹の頭を撫で、栗名は理衣子に背を向けた。

 彼が去っていく。

 理衣子のそばから。

 

「俺は、詩人になりたい……」

 

(……ん?)

 空耳のような気がして、理衣子は自分の耳に手を当てた。普段妄想ばかりしているこの頭はとうとうおかしくなったか。いや、違う、これは。

(……出てきたんじゃない?)

 理衣子はにやり、と口角を上げた。

 鞄からスマホを取り出す。

 三回目のコールで相手は出た。

『……何? 綾本さん』

「柳《やなぎ》。出番よ」

 物語が降りてきた理衣子に怖いものは何もない。

「今やってるやつ、全部なしにするわ。一日で書き上げるから、役者陣にそう伝えて」

『…………はあぁっ!? 脚本ボツにするってこと!?』

「ほかに何があるのよ。ゴールデンウィークあと三日あるし、大丈夫でしょ」

『永美と結花がまたヒステリー起こすわよ!』

「その相手はあんたにしかできないわ。この伝統校の演劇部に泥を塗るような真似は絶対にしない。すごい大作なのよ」

 あんたに才能がなかったら今ごろ殺してやるんだからっ! と、電話は唐突な勢いでぶち切れた。スマホをしまうと、理衣子は今までにない高揚した気分で、本屋から改札口を抜けて新宿行きの電車に滑り込んだ。

 

   つづく。

ー幻影獣― 地球事変 げんえいけもの ちきゅうじへん 二

 

red-pink16.hatenablog.com

 

序章 二

『いつでもあなたを見守っています。あなたの元に仕え、あなたの行く末を案じております。

 それが私たち、『守獣《しゅじゅう》』の役目ですから――――』

 

*少年*

 雪が、降っていた。

 粉雪だった。

 ふわり、ふわりと落ちていた。

 白い花びら。

 真冬の空。

 嬉しそうに見上げながら、一組の夫婦が歩いている。

 妻は女の子を抱いている。

 夫は小さな男の子に向かって、「早く来なさい」と優しく言う。

 男の子は一人、雪かきの行われていない新雪に、手形や足跡をつけている。

 男の子は父親の声に気づき、家族の元へ走るが、滑りやすい地面に足を取られ、転んでしまう。

「まあ、大変」

 母親は心配そうに息子を見つめ、駆け寄ろうとする。と、腕の中の女の子が止めた。

「私が行ってくる」

 女の子は、するりと母親の手から降り、弟を助け起こしに行く。

 弟はすでに自力で起き上がっている。

 しかし、転んだ時にズボンの布が擦れて、皮膚が傷ついてしまったらしく、痛そうに膝をさすっている。

 自分は男の子だから、これくらいのことでは泣かないのだ。

 心に言い聞かせても、じん、と響く膝の痛みに耐えるのは、子どもにとって至難の業だった。

「雪夜《ゆきや》」 

 涙をぐっと我慢していると、姉の手が、ポンと頭に乗った。

 顔を上げると、自分より少し背の高い姉の姿があった。

「雪花《せつか》」

 名前を呼んだ。

「寒いのでしょう? 鼻が赤くなってる」

 姉は首からマフラーを取り、雪夜の首に巻いてやった。

 確かに雪夜の鼻は変色し、小さく縮こまっていた。

 弟は上目遣いで視線を送る。

『お姉ちゃんはいいの?』

 そう言いたそうな表情だ。

『私はいいの』

 静かに、説き伏せるように、姉は薄く笑いかけた。

 しとやかな微笑。

 母に似ている。

 姉はしゃがんで弟の膝を優しく撫でてくれた。

 不思議と、痛みが和らいでいく。

「偉いわね、雪花《せつか》は」

「ああ、もう立派なお姉ちゃんだな」

 両親は満足そうに呟く。

 雪花は、後ろに佇む両親の、慈愛に満ちた視線を受け止める。

 雪は降り止まず、四人の家族を、覆うようにして落ちてくる。

 

   

 

 はっと目が覚める。

 自分がひどく寝汗をかいていたことに気づく。

 スエットの上半身の、脇の部分が、じっとりと濡れている。

 爽やかな朝だというのに、この不快な気分は何だろう。

 ベッドから降りる。

 びしょびしょに濡れている。

 あんな夢を見たくらいで、どうして。

 あんな昔の、すっかり忘れていた子どもの頃の思い出。

 姉の姿。

「雪花」

 今も、小さな少女のまま、時間が止まっている。

「雪花……?」

 眩暈がする。

 今日も全く眠れなかった。

 睡眠の質が悪くて、ずっと魘(うな)されている。

 頭が痛い。

 しかし、考えていても埒が明かないのは、分かっていた。

 雪夜は朝の支度をした。

 

   *

 

 白のワイシャツ、ブレザー、ズボン、濃い青のネクタイ。

「まあ、似合ってるか」

 雪夜は自室を出た。

 ダイニングには、既に朝食を作り終えている母。

 父は出勤中である。

 真っ白いご飯、味噌汁、小さな目玉焼きとソーセージ。

 雪夜は低血圧なので、朝はそんなに食べられない。

 並べられている皿を見ても、何らかの記号のようにしか感じられない。

 ぽつぽつとした黒濁が、三点を結んでいるような、奇妙な図形を想像してしまう。

 椅子に腰を下ろし、ご飯と味噌汁を無理やり喉に通す。

「顔色悪いわね。大丈夫?」

 母が心配そうに尋ねてくる。

「……ん」

 一言しか返さないのはさすがに悪いだろうか。

 けれど、気持ち悪いのだ。

 頭痛が取れない。

 身体が弱過ぎて、話にならない。

 体育の授業も見学で、いきなり倒れ込むことだってある。

(ちゃんと食べてるのに)

 少なくとも、胃の中に食べ物は入っているはずだ。

 と、急に背筋が寒くなるような、激しい拒否反応が胃の中に来た。

 うっ、と、呻いた時には、遅かった。

 口に入れた食べ物が逆戻りする。

 雪夜は、その場に倒れ込んだ。

「雪夜!!」

 母が叫ぶ。

 ゴホッ!!

 出てきたのは、血。汚れた色。

 胃の中の食べ物は無かった。

 赤黒い液体が、ドボッ! と零れる。

「ギャーーーーッ!!」

 母は半狂乱に雪夜の肩を揺さぶる。

『私の息子が』

『私の息子が』

『私の息子が』

『私の息子がーーーーーーーーーーーーーっ!』

「やめてくれ!!」

 雪夜は必死に叫んだ。

 入って来るのだ。

 目に。

『心の眼(メ)』が、異常な色を雪夜に魅(み)せているのだ。

(助けてくれ、雪花)

 姉の名を呼ぶと、

 すう、と消え入るように『心の眼』が閉じた。

 束の間の平穏が、やっと訪れる。

 深く、浅く、息を吸って、吐いて、今度はきちんと瞼を下げる。

 もう一度、大きく深呼吸をした。

(……助かった)

 雪夜は落ち着きを取り戻した。

 部屋の蛍光灯が、いつも通りの色に戻って来る。

「……雪花」

 名前を、言った。

 胸に引っかかっているアクセサリーを握り締める。

 霧が晴れていくような快感。

 雪夜は泣いていた。

 姉がくれた『お守り』が効いたのだ。

 今日も助けられた。

(ありがとう、雪花)

 起き上がる。

「……ごめん、床を汚して」

 虚脱状態に陥っている母に、雪夜は一言、

「学校に行く」

と言い残した。

 

   *独りぼっちのママ*

 リビングのドアを開け、廊下に出た時、母はやはり泣き叫んでいた。

「あの子さえいなかったら」

 母は、自分の産み落とした娘のことが嫌いだ。

 息子のことは好きだけれど。

 雪夜は、どっちの味方にもなれなかった。

 雪花と、母と、父。

 家族のことが好きだった。

 母が、ドアから顔を覗かせた。

 少女のように震えている。

 何て年老いてしまったのだろう。

 まるで老婆のように白髪が乱れている。あれほど綺麗だった黒髪は、今や見る影も無い。

「気分が悪いなら早退していいのよ。とにかく、今日はまっすぐ帰ってらっしゃい」

「……ああ」

 雪夜は笑顔で応えたはずだったが、母の瞼は、重くのしかかっている。

 眉間に縦皺が寄っている。

 どう見ても、許さないつもりなのだろう。

 自分の息子が『あの学校』に進むことを。

 母の消えない憎しみが、見ていて痛かった。

 雪夜はあえて、優しい顔をした。

「母さん、心配しないでいい。俺は大丈夫だよ。何か雪花に関することがあったら、連絡する」

「ああ、本当にすぐ帰ってきて。

 お姉ちゃんのようにはならないでね」

「……うん、わかってる」

 悲しい女だ。

 雪夜は憐れむ気持ちを抑えられない。

(俺は今、どんな目つきをしているのかな)

『心の眼』は、また開いてしまったらしい。

 雪夜は、まだこの不可思議な『チカラ』を制御できない。

 母のすすり泣きが聞こえる。

 音楽のように、耳に入って来る。

 雪夜は思わず『聴いて』しまった。

「お父さんも、お母さんも、もうお姉ちゃんのことは半分受け止めているのよ。

 そもそも、間違いだった。

 あの学校に行かなかったら、失踪することも、いいえ、別の学校だったらって、私、ずっと思っていたんだから。

 そうやって整理をつけてきたの。

 それが今になって、お前は、お姉ちゃんと同じ学校に転校するなんて……」

 母は悲壮だ。

 瞼は、カッ、と膨れ上がり、大きく開いた目からは、ぽろぽろと涙が落ちている。

 母はすぐさま両手で顔を覆う。

「ごめんなさい……感情的になっちゃって」

「母さん。俺は雪花のこともあるけれど、学校そのものに興味があって転入するんだ」

 これは嘘だった。

「前の学校が悪いわけじゃなくて、友達もいたし、でも、あの校舎の外観が、何か、いいんだ。

 駅から遠いのは災難だけど、学校の敷地はすごく広い。

 決して軽はずみな気持ちで転校を決めたわけじゃないさ。

 あの学校でちゃんとやっていく。

 だから、心配しないで」

 雪夜はできる限りの、慰めの嘘を母にかけてやった。

 母は納得してくれたように、頼りなく笑顔を見せる。

「私、情けないわね。息子に心配かけせて……。あなたの鞄を取って来るわ」

 母は安心したように息を一つ吐く。二階へ上がり、雪夜の学生鞄を手に持って、戻って来た。

 母が鞄を渡す。

 雪夜は無言で受け取り、背中を向けて、玄関に逃げた。

 備え付けの姿見が、照明の光の加減で少し斜めに雪夜を映している。

 薄暗がりの鏡に映る自分の姿を見る。

 そっくりだ。

 瓜二つの、顔。

 最近ますます似ている。

 自分たちは、どうしようもなく、姉弟だ。

「可笑しいな、三歳上なのに」

 雪夜は雪花の身長をとうに追い越してしまっていた。

「独り言は止めてちょうだい」

 母が叱りつけた。

「……ごめんなさい」

 雪夜は謝ることしか出来ない。

 母はまた涙ぐむ。

 しばらくすすり泣いた後、リビングへ戻っていった。

「雪花」

 雪夜は独り言を繰り返す。

 姉がくれた『お守り』

 五つ星の、あの神社の、そう、最初は「合格祈願」だった。

「……大人は、ちゃんと子どもの無事と幸福を祈っている。雪花、お前は知っているのか」

 突如、姉に対して憤りのような、憎しみめいた感情が湧き上がる。だがその原因が分からず、仕方なく雪夜は目を瞑った。

 とにかく、始まりの一歩は踏み出したことになる。

 

   *鳥籠*

 雪夜は校舎の玄関の扉を開けた。

 すぐそこに生徒たちの下駄箱が見える。

 木で造られた上質な素材で、しかし使い古された感じがそこかしこに残っていた。この学校はどれくらい昔から建っているのだろう。

 真っ先に職員室へ行くよう指示を受けていた。

 吹き抜けのホールから廊下へ渡り、最も目立つ場所にある部屋の扉を数回ノックする。

 返事が返ってきて、雪夜は扉を開ける。

 入ってみると、どこかの外国映画に出てくるような、まるで暖炉でもありそうな部屋だった。

 上を見ると、他の部屋より電気の質が違うらしく、ぼんやりした蛍光灯が、部屋の雰囲気を橙色に染めていた。

「月城《つきしろ》君、こっちだ」

 これから担任になる教師が手招きしてきた。

 年相応の男性で、中年の体型を隠さず、おおっぴらに表している。

 度量が広そうな男である。

「まあ、最初は誰でも緊張するさ。君のクラスはあっちだな。みんなにはもう説明している。注目浴びるぞ?」

 担任は空気を和ますかのように、雪夜に大らかな笑顔を向けて言った。

「なぜ、注目を浴びるのですか」

 雪夜は素朴な疑問を口にした。

 低い声なので、初対面の人間には、怒っていると受け取られてしまうことがある。

 しかしこの男はやんわりと笑って、快活に答えた。

「そりゃ、転校生は、注目を浴びる存在だろう。

 新しい人間。

 物語の始まり。

 古今東西、みんなそうさ。

 特に君は、女子たちが悲鳴を上げるぞ」

 担任の男は楽しそうに、後ろを歩く雪夜の姿をちらりと見る。

 その視線は、値踏みするような安い卑らしさではない。

 純粋な好奇心から来ている。

 雪夜は『眼《メ》』で分かっていた。

 一年一組のクラスにたどり着く。

 雪夜は一度、軽い深呼吸をした。

 担任が先に教室の中へ入り、「全員、席に着けー」と、やる気の無さそうな声で言う。

「えー、みんなもう知っていると思うが、これから仲間が加わります。優しく迎え入れるように」

 何人かの生徒が空返事をした。

「月城君、入りなさい」

 担任の声が聞こえ、雪夜は一歩、踏み出した。

 一瞬、教室がしんと静まり返った。

 そして間を置いて、どっと賛美の声があふれ返った。

「おぉ! 美人!」

 さっそく一番前の席にいる生徒が、野次を飛ばした。

 いや、彼自身は野次を飛ばしたつもりは無いのだろう。だが雪夜にとっては同じことだ。

 雪夜は、じと、と教室をねめつける。

 クラスの人間を教壇から見渡してみると、女子たちが隣の女子と嬉しそうに内緒話をしていた。瞳を熱く自分の方に向けている。

 その中で、さっそく「気に入らないな」という表情がある。

 主に男子だ。

 同姓にはどうも好かれない性質(たち)らしい。

『山之上《やまのうえ》高校』から来ました。

 月城雪夜です。

 よろしくお願いします」

 散々愛想がないと言われてきた声で、自己紹介をした。

 クラスの騒めきが一層大きくなる。

「あそこ、超名門じゃん」

「何でこっちの学校来たんだろうな」

「問題でも起こしたとか?」

「しかも山之上なんて、目と鼻の先だし」

 男子たちが値踏みするように、雪夜を見ながらひそひそと喋っている間、女子たちはうっとりした眼差しでこちらを見つめていた。

「月城の席はあそこな」

 担任が雪夜の背を押した。

 雪夜は前に進む。

『ようこそ。大神《オオカミ》学園へ。』

 ぴく、と耳を震わせる声が走った。

(誰だ)

 鐘の音が、響く。

 

 キーン、コーン、カーン、コーン……。

 キーン、コーン、カーン、コーン……。

 

 朝のホームルームを知らせるチャイムだった。

 

   第一章へ続く。⇒

 

―幻影獣― 地球事変 げんえいけもの ちきゅうじへん

――ようこそ、『大神(オオカミ)学園』へ。――

 

1・幻の蝶のように

2、鍵と消失

3、スノウ・エンジェル《雪天使》

4、夕の色彩

5、メモリー

6、自由

7、時計草・希望の鐘音

8、ドッペルゲンガー

9、トリックスター

10、無力

11さくらんぼ~ふたりごと🍒

12、空色神話

13、シンデレラ・ミステリー

14、旅人の讃美歌

15、クリスマスの鐘の音―神の詩(死)―

16、あきらと七草

★*エンドロール*★

番外編

☆マジカル・ライブラリー(上下巻)☆

 

*あらすじ*

そこは四方を森林に囲まれた、断崖絶壁の「陸の孤島」。

少女はいなくなった兄のことを追想する。

少年は姉を探し出すため危険な道へと乗り込む。

生徒たちは新たな「来客者」に期待と不安を大きくさせる。

ここは、他とは「違う」学校。

「選ばれた子どもたち」の、骨肉の争いが、始まる。

 

 

+作者メッセージ+

お久しぶりです。桐原ですm(__)m。

また非常にのろまな更新ですが汗、だいぶ溜まってきた新作品をご賞味くださいませ!!( ;∀;)ノ。

 

 

 

 序章 花

 

 愛している、と、誰かが言った気がする。

『お兄ちゃん』

 呼んでみても、兄は居ない。

 知っている。

 有沢百合花《ありさわ ゆりか》は窓の外を見ている。

 スクールバスはどの時間帯もうるさい。男子と女子で乗っているから、身体が密着し合って大変だし、ただでさえ通学時間がかかるのに、その上、今日はクラス替えだ。

 百合花はため息を吐く。

(どうせまたいじめられるんだろうな)

 有沢、気持ち悪い。

 臭い。

 顔が醜い。

 ずっと、ずっと、自分をなじっていられる。

 なぜなら、百合花は本当に、自分の顔が気持ち悪いと思っているからだ。

 窓の向こうの景色に集中する。

 季節外れの雪が降っている。

 粉雪だ。

 さらり、と舞っている。

(日本でこんな景色は珍しいな)

 普通、雪といったら東京では水っぽい雨粒交じりの、みぞれしか降らない。それに今日はまだ十二月だ。クリスマス・イヴにそんな洒落た演出はされない。

『綺麗』

『綺麗ね……』

(……ん?)

 一瞬、眩しい光を感じた。と、同時に襲われる耳鳴り。痛い、と思う間もなく、百合花は、自分を映している窓ガラスの異様さに気がついた。

 黒い髪。気が弱そうな顔。すぐに泣く、と周りの大人たちになじられるその目つきも、百合花は見慣れたはずだった。

(……あれ、どうしたんだろう)

 窓に映る自分は、とても美しかった。

 その子は、紅色の袴を着ていた。

 髪の長さが、百合花よりも少し短い。ショートカットの子だ。

 明るい茶色の髪に、大きなリボンを付けている。

 目の色も優しい。

 百合花とは、違う。

『いいえ、同じよ』

 その子が真正面を向いた。

『私たちは、同じ。相反するけど、同じなのよ』

 あ、あのぅ。

 百合花は困り果て、おどおどと周りを確認する。

 生徒たちは後ろ向きでこちらに身体を押しつけているだけで、何の反応もない。

 自分の頭が、おかしくなっただけだろうか。

 少女の顔が、間近に迫って来る。

『百合花、名前を呼んで』

 身動きが取れなかった。

『いつでも、どこでも、あなたを見守っているわ。

 あなたのことを愛し、あなたの元へ飛んでいくわ。

 だから必ず、未来で出会った時は、私のことを忘れないで。

 時間が、ないの。

 私を、本の中に、閉じ込めて。

 そして、後ろを振り返っては駄目よ。

 あなたの人生を、二度と後悔しないで。

 私は、天使。

 あなたにとって、愛そのもの』

 どうしたのだろう。

 こんなに泣きそうな顔で、なぜこちらに近寄って来るのだろう。

『有沢百合花《ありさわ ゆりか》』

 意識が硬直した。

『あなたを、私たちの物語に、招待します』

 ――そうだ。

 私は、本を読むのが大好きだ。

 学校で居場所がなかった時、救ってくれたのは、色々な作家たちが読ませてくれた素晴らしい世界で。

 だから、私は、自分でも小説を書こうとしたんだ。

 窓ガラスの女の子が微笑んでいる。

『名前は』

 知っている。

 私は、『有沢百合花』だ。

 そして、あなたは『月城雪花《つきしろ せつか》』と『月城雪夜《つきしろ ゆきや》』。

 失くした兄妹で、姉弟、兄弟……、ありとあらゆる名称に言い換えられる、生命の源。

『光溢れる過去の思い出に、帰り着きますように』

 景色の映像が、いきなり変わった。

――主《あるじ》――

 男の人の声がする。

『見つけました』

 それは、黒い髪の。

 ……獣(ケモノ)だった。

『俺の命を、救ってくれる女性を』

 それは、口角を上げ、引きつった笑みを浮かべる。

『す』『き』『だ』『よ』

 ―守獣《しゅじゅう》―

 彼はなぜ、泣き腫らした目をしているのだろう。

『俺の名前は――』

 目の前の、自分の顔が。

「…………ぇ」

 男に、なった。

『俺のことを、助けて下さい』

 そこからの記憶は途切れている。

 聞こえるのは、男のすすり泣き。

 分厚い本を読んでいる、俯きがちに背中を丸めた『彼』の姿が、かろうじて頭の片隅に残っているだけだった。

 

   🌺

 

 百合花は肩を揺すられていた。

「有沢さん」

 名前を呼ばれたが、身体がひどくだるかった。胸の奥の、中心みたいな部分に、熱い塊がドク、ドクと脈打つのを感じていた。心臓の痛みだろうか。

 あの女の子は、どうしたのだろう。

 確か泣いていた。

「……あなた、誰?」

 蚊の鳴くような声で呟いた。

「俺の名前? 俺はね、『‐幻影獣‐《げんえいけもの》』だよ」

「……え?」

「お前の大好きな本の中の人間さ」

 飛び起きた。

 優しい男性の顔が目の前にある。

 百合花は、パチパチ、と瞼を何回か上げた。

「す、すみません、あの……、誰ですか?」

 百合花は、自分の顔がぼうっと蕩けていくのを感じながら、うっとりと見惚れてしまった。

『彼』は、背中に翼が生えていた。

 夜空の色に近い、深い青色の翼。

 髪は銀色に輝いて、天使のように微笑んでいる。

「も、も、もしかして、天使だったりして……」

「……君の世界では、そういう風に呼ばれるのかな」

 男はいつの間にか少年の姿に変わっていた。口調も全く違う。

「僕の名前は『氷月《ひづき》』。絶滅した『雪族《ゆきぞく》』の生き残り。これから君には、つらいことや悲しい出来事がたくさん降りかかって来るけれど、負けそうになったら僕のことを思い出して。そして、あの大切な女の子の名前を、必ず呼んで、あの可哀想な男を、愛してあげてね。自分の力で』

 天使は、消えた。

 青色の羽根が舞い上がる。

 ふわ、と冷たい風が吹く。

 百合花が呆然と、口を開けて「……へ?」と言っている間に、景色は変わった。

 学校の保健室だった。

「ちょっと、百合花。あんた頭大丈夫?」

「あ……」

 親友の片桐奈実《かたぎり なみ》の顔が目の前にある。

「奈実ちゃん?」

「心配したわよ。あんた、バスの中で倒れたんだもん」

 奈実は深いため息を落とした。

「一時限目も始まっちゃうし、二人して遅刻なんて恥ずかしいわ。大体あんたは身体が弱いんだから」

「な、奈実ちゃん、運んでくれたの?」

「私一人じゃ無理に決まってるでしょ。女の子なんて持ち上がんないわよ」

「あ、みんなが運んでくれたんだ」

「馬鹿ね。あの気持ち悪いクソジジイにおんぶされたんだから、後で噂や影口に気をつけることね」

 死にたいと思った。

 

   🌺

 

『いつでもあなたを見守っています。あなたの元に仕え、あなたの行く末を案じております。

 それが私たち、『守獣《しゅじゅう》』の役目ですから――――』

 

   序章2へ続く⇒

 

2018.5.19.土曜日 桐原歌子

エンタメ私小説 第二弾 『きっと明日はいい天気』最終話

 

red-pink16.hatenablog.com

 

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 ここで完結です。m(__)m。

 

   『きっと明日はいい天気』

 

   最終話(第3話)

 

   三 青花翠(あおはな みどり)

 

 記憶の中の妹は、いつも泣いていた。厳格な祖母に叱られ、両親も働いていて家を留守にしていたため、泣きつく先は必ず兄の自分のところだった。翠はその時、この無力で小さな妹を突き放したら、置いていったら、どうなるのだろうという思いにかられた。それは唐突で、現実味のない邪念だったけれど、やけにリアルに翠の頭にこびりついていた。

 祖母は、妹のほうをよく叱っていた。泣きわめく頻度が自分より多かったからだ。翠は身体の具合の悪さでだるく沈んでいたことはあっても、喘息が起こる夜以外はわりと静かだった。悪目立ちしていたのはたいてい妹だった。

 翠の記憶に鮮明に残っているのは、大学病院の診察室だ。

 大人の男の先生が、聴診器を翠の胸に当てて真剣な顔で考えていた。診察台のベッドに寝かされ、何やらごちゃごちゃした機器をつけられた。あの時の母の不安そうな顔は、ずっと翠の脳裏に焼き付いている。妹も一緒に連れられて、父の付き添いで診察を受けた。

ぜんそく」という言葉は、当時の自分にはまだぴんと来なかった。診察を終えて会計待ちの座席に座っている時、母が妹の手を握って父の横顔を果てのない悲しみのような表情で見つめていた。父は、一言、「嘆いても何も始まらんぞ」と言い切った。それは突き放しているようでどこか温かみのある言葉だった。翠たち四人家族は、黙り込んでいた。

 帰り道、母がレストランで昼食を取ろうといいだした。「だってこんな時間になっちゃったじゃない」と明るく言い、近くの大型ファミリーレストランを見つけた。その声はどこか無理のある明るさだったが、父も合わせて「お前たち、何が食べたい?」と優しく問いかけた。翠は妹の手を握って車道側を歩きながら、「ラーメン」と言った。すると両親はおかしそうに「もう少しほかのものも食べなさい」と笑った。翠はどことなくほっとした。妹は頭が痛むのか、翠の手をギュッときつく握りしめて俯いていた。

 昼時が近い病院からの帰り道は、車が頻繁に走っていて、翠は気をつけて歩行者の白線の内側に妹を歩かせた。親からのいいつけで、それはもう身に沁み込んでいたことだった。

 空の色は、まだ思い出せない。

 

 三学期が始まった真冬の雲一つない晴天。翠はジャージのファスナーをしっかり締めて持久走の準備運動をしていた。周りの生徒たちは適当に身体を動かしながら、仲間と気だるげな会話をしている。日光が気持ちいいのか、寒い寒いと言いながら女子たちは互いの手をさすり合っている。翠は一人外れたところで身体を温かくさせるために勢いよく手や足をのばしていた。準備運動さえしっかりやっていれば、少なくとも倒れるようなことはいい加減ないだろう。

 体育教師が合図をして、皆は一列に並んだ。翠は一番端の位置に行き、深く息を吸った。笛が吹いた。わっと皆が一斉に走り出した。友達同士と並びながら、三十人の生徒たちは思い思いに固まって校舎一周の持久走に励んだ。

 真冬のランニングは気持ちがいい。冬は早朝がいいものだと枕草子が書いていたが、長い時を経た今の日本でもそれは当てはまるようだ。しんと冷えた空気に風が頬を撫で、吐く息が白く見える一時限目の授業。翠は皆に遅れないように走るスピードを調整しながら、夕莉のいるデイケア組の校舎の裏を周るため、生徒たちの後ろをついて行った。

 下り坂に差し掛かり、草木の生い茂る裏道を慎重に走る。下りの走りは勢いがつくが、スピード調整が難しい。ここでバランスを崩す者も少なくない。自分もその一人なのだが。

 今日は大丈夫。そう言い聞かせて、翠はチラッとデイケア組の校舎を見た。窓に目をやると、窓際の生徒たちのほぼ全員がつまらなそうに頬杖をついて外を眺めていた。よっぽど退屈な授業なんだな、と翠はふと笑いたくなった。夕莉を探していた。無意識に。名字は最初だから、席替えをしていなければ最前列の窓際の席のはずだ。注意深く視線を動かしたが、夕莉の姿は見えなかった。学校を休んでいるのだろうか。自分は今、実家にはいないので彼女の事情は分からない。

 自分は彼女を捨てた。そのはずなのに、今もなお面影を追っている。自分の片割れを。分身を。

 校舎を過ぎ、坂を下り終え、Uターンして上り坂に差し掛かる頃、息が切れ始めた。とたんに呼吸が苦しくなり、ゴホッと嫌な咳が喉から出た。徐々に失速する。だめだ。倒れてはいけない。迷惑をかけてはいけない。自分はもう普通の人間なのだから。翠は懸命に自身に言い聞かせた。けれど足がもたつき、重くなった。汗が噴き出ていた。ジャージのファスナーを開けて半そで姿になる。腰にジャージを巻き付け、息を大きく吐いて吸ったりしながら、緩やかな傾斜を進む。上り坂は皆にとってもきついらしく、すでに歩いている生徒がいた。せめてこの人には負けたくないと思い、走る速度を落とさずに坂を駆け上がる。先まで、あと少し。上り坂を超えたら次は本校舎に戻るだけだ。できる。もう何度も失敗したのだから、今度こそは走り切る。

 それでも、息は途切れ始めていた。翠の意思とは裏腹に、身体は悲鳴を上げている。急に、目の前が暗くなった。大きな黒い丸穴が点々と視界に見え始めた時、景色がぼうっと色を失くし、頭が非常に熱くなった。坂を上り切ったと思った瞬間、体重を支え切れなくなって、翠はガクンとそのまま地面に倒れた。

 

「保健係、あとは頼むぞ」

 体育教師に背負われて本校舎の校門に着き、クラス全員の目に見つめられながら翠はよろよろと二人のクラスメイトに腕を引かれて保健室のほうへ歩いた。体育教師が自分を探している間、クラスの皆がどんな話をしていたのか簡単に想像できた。あいつ、まただよ。もう体育出ないほうがいんじゃないの? 何で出るの? 迷惑かけんなよ。彼らはこういう会話を翠に直接聞かれないように陰でかわすのが実にうまい。巧妙に翠のいない隙を狙って、翠がどれだけ自分たちのクラスの足を引っ張っているのか語り合うのだ。笑顔だけ取り繕って、他愛のない日常会話を混ぜ、翠に愛想笑いをしながら口裏を合わせて貶める。こんなクソみたいなクラス、早く無くなってしまえばいいのにと翠は仕返しに思っている。それが態度に現れているようなので、翠の周りから人が消えるのは案外早かった。もともといたわけではないが。

 体育教師のもとに集まる皆の楽しそうなざわめきから外れて、翠は二人の保健委員に支えられながら下駄箱で上履きに履き替え、ホールを通って保健室へと入った。

「青花、やっぱりデイケア組に戻ったほうがいいよ」

 扉をノックする間際、普段は温和な性格で知られている控えめな顔立ちの男子が、つぶやいた。

「それ、喘息だろ? 今日だけじゃなくて普通の授業でもしょっちゅう発作起こしてるじゃん。俺はよく知らないけど、喘息って深刻なやつって聞いたし、お前の場合はまさか死にはしないだろうけど、やっぱりさ、無理だよ。ハンデを抱えた人が、その、普通の人と一緒に……ていうのは、まだ難しいんだと思う」

 男子生徒は丁寧に、それとなく言葉を濁して言った。左側についているだいぶ背の高い男子のほうも、黙って相方の話を聞いている。そして同意するようにうなずく。

「せめて体育だけでも休んだら?」

 男子生徒は気遣うように声色を変えた。

「……普通学級に、体育は必須科目だろ」

 翠はだいぶ整った息で、言葉尻を強めた。

「でも身体の弱い人は大体が見学しているよ」

「俺はそんなやつらと一緒のカテゴリーに分けられたくない」

 男子生徒はあきれたように溜め息を吐いた。

「お前は普通の人間じゃないじゃん」

 じゃあ、お前たちは? お前たちは何をもって自分たちを普通の人間だと思い込んでいるのか。いつ俺たちが「普通以下」の人間だと区別したんだ。デイケア組のことを知りもしないで、よく面と向かって自分たちは優しい人間ですと言えるな。喉元まで出かかった言葉をぐっと飲み込み、何かに熱く燃えたぎっている頭と心臓の鼓動を感じながら、翠は保健室の扉を開けた。保険医がすぐに来て「青花君ね。そこに座って」と的確な指示を出した。「保健係さん、いつもありがとう」と若い保険医が笑いかけると、男子生徒二人は照れたように頭を掻いて「じゃあ、またな」と去っていった。大人の前で一瞬まるで友達のように振る舞った二人に軽く殺意を抱きながら、翠は指定された奥のベッドにドサッと倒れ込んだ。「まずは水を飲みなさい、水を」と年配の保険医が小さな冷蔵庫から水を取り出し、コップに注いで翠の前に持ってきてくれた。だるく身体を起こして水を飲み干す。「二時限目はここで休みなさい。私あなたの制服持ってくるから」と年配の保険医がカーテンを閉め、早足に保健室を出た。若いほうの保険医が「今日の昼休みの当番は一組の飯塚さんと的場さんです」と柔らかく告げた。翠は目だけで了承の合図をし、布団をかぶって壁側を向いた。若い保険医が察したように静かにその場を離れ、タイプライターらしきものを打つ音だけが部屋に響いた。今日は舞衣が来る日か。あいつに借りた本、まだ読み終わってないや。うつらうつらとしながら彼女のことを思っていると、年配の保険医が帰ってきた気配がした。保険医はそっとカーテンを開けて、眠りに落ちかけている翠のベッドの端に制服を置くと、自分の持ち場に戻っていった。母親のような深い優しさに包まれているような気がして、家族のことを思い出した。父、母、そして妹。あの三人は自分のいない家でもいつも通りに過ごしているのだろうか。決まった週に必ず三人からの手紙が来るが、翠は両親にしか返事を書かなかった。たった一度、最後の別れのつもりで一冊の愛読書とそれに沿った一行の文章を当てて出したことを除いては。

 妹は、いつになったら自分のことを忘れてくれるのだろう。

 

 十時半頃に起きてカーテンの中で制服に着替え、体操着袋を引っ提げながら休み時間に一度教室に戻った。クラス全員分の視線が一瞬そこに止まり、すぐにもとの友達のところに戻って何でもないように話し出す。この光景もだいぶ慣れた。ロッカーに体操着を戻して次の授業の教科書を出し、机に着いてノートを開くと、デイケア組時代に夏央たちから熱心に聞き取ったメモの殴り書きが残っていた。そっか、このノートにも書いてあったっけ。あちこちの授業ノートにいろいろなことを書いてきたせいで、どのページを切り取ってクリアファイルに入れたのか今ではすっかり忘れてしまっている。大人の男性向けのデザインがされているペンケースからカッターを取り出し、メモの欄を切り取る。多少ガタついてしまったが割ときれいに切り取れると、鞄に毎日入れているクリアファイルに新しい一枚を入れた。大人になればきっと変わるよ。いつか誰かが言っていた。誰の台詞だったのか、もう記憶が定かではない。子どもと言わると腹が立つが、大人と言われても少しむっとする。自分はそんな完璧な存在じゃない。でもポンコツとも言われたくない。結局、自分はどっちに転ぶのだろう。大人か、子どもか。またはそのどれでもないのか。翠はぼやけた気持ちで次の授業の予鈴が鳴るのを聞いていた。

 

 教室に自分の居場所はないので、昼休みになるとさっさと弁当箱を持って保健室へ向かった。舞衣に返すための本も準備して、職員室の対面にある大きな間取りの部屋の扉を開ける。すぐそこに彼女の姿があった。「保険委員」とネームプレートを胸に下げて、二人の保険医と一緒に仕事をしている。もう一人の的場(まとば)という保健委員の女子生徒は、壁の本棚の整理をしている。「舞衣」と声をかけると、飯塚舞衣は翠の差し出した本を受け取って「おもしろかったでしょ?」と得意げに言った。

「実は全部読む時間がなくて、飛ばして読んだ」

「えー、ちゃんと読めよー」

舞衣は唇を尖らせた。

「だって今の俺ほとんど一人暮らしだもん。部屋の掃除も洗濯も自分でしなきゃならないし」

学生寮はコインランドリーとクリーニング屋が備えられているし、食事も三食ちゃんと作ってくれるでしょーが」

「それでも家にいる時と違うんだよ」

 翠が多少むきになると、舞衣は「まあ、学校の課題もあるしね」とあっさり引いた。彼女のいいところは、言葉の駆け引きが上手いところだ。相手の感情を敏感に感じ取り、その場の空気が悪くならないように最善の注意を払う。翠に限らず誰に対しても態度を変えないので、きっと彼女を信頼する仲間は多いのだろう。

 飯塚舞衣は、一つ年上の二年生で、夏央と同じ保健委員だった。週に二日保健室で作業をこなし、夏央と入れ違いにここへ来る。毎日のように保健室で昼休みを過ごす翠は、頻繁に出会う夏央や舞衣などの上級生たちとだいぶ話せるようになっていた。舞衣と同じクラスであり友達の的場という女子生徒も、優しくて気遣い上手な先輩だ。同じ学年のクラスメイトより、余裕のある落ち着いた上級生たちと関わるほうが楽しかった。彼らは一つ学年が違うだけで、見違えるほどに大人な対応をしてくれた。年が一つ上になると、これほどまでに成長するのかと、翠は彼らをまぶしく思った。自分もいつか、こんな風になれるのだろうかと。

 広いテーブル席で食堂の料理担当のものが作ってくれた昼ご飯を食べていると、舞衣がすっと横に座った。

「あまり意気地になりなさんな」

 一時限目の体育の騒動のことを言っているのかとすぐに気がついた。

「お前らみたいな人間にはわかんねーよ」

 ふんと鼻を鳴らすと、舞衣は困ったように笑って「まーた、そういうこと言う」と頬杖をついた。

「あんたは普通扱いしてほしいのか気遣ってほしいのか、どっちなのよ」

「どっちでもねーよ」

「曖昧だなあ」

 舞衣はそう言うと話題に興味を失くしたらしく、再び保険医の机のところに戻った。そして的場と一緒に楽しげな会話をしながらチェックリストらしきものを作成している。翠は無言でご飯を口に入れた。

 舞衣は綺麗な女の子だ。

 芯の強そうな、それでいて愛嬌のある目をしている。今日はストレートに伸ばした長い髪を、仕事のため一つに縛っている。はきはきした物怖じしないしゃべり方で、周りからの信頼も厚い。夏央や冬華とは腐れ縁だと言っていた。この二人と彼女はどこか似ているので、波長が合うのだろう。三人で仲良く廊下でしゃべっていたのを見たことがある。

 入学式の日、翠はデイケア組の名簿を一般クラスのボランティア部に渡す係を自ら志願した。そして一般クラスに接触した。ボランティア部のメンバーに先に会いに行き、できたらあなたたちのところへ行きたいと申し出た。皆は一瞬きょとんとした顔になったが、部長の三年生が「いつでもおいで」と言ってくれたのを合図にそれぞれ優しい言葉をかけてくれた。あの時に思い込んでしまった。普通の人はちゃんとわかっていると。けれど実際移った先に待っていたのは、無知という名の遠慮のない視線だった。

 舞衣とは夏央姉弟を通して知り合った。彼女の分け隔てなく接してくれるやり方に、すぐに翠も心を開いて、気がつくと参考書や本を借り合う良き相談相手になっていた。彼女はボランティア部ではなかったが、しょっちゅう部室に遊びに来ていた。「お前、暇人かよ」と投げかける夏央に「どこの部も入ってないもん」とからかうように返す彼女は、いつでも楽しそうで、親しみ深い雰囲気があった。そしていつも周りに人がいた。取り巻きというほど熱狂的なファンではなくて、友達という言葉がピッタリな関係の仲間が。舞衣は時々友達を連れてきたりもした。その一人が的場である。的場は比較的おとなしい女子で、あまり多くを語らない人だった。舞衣の後ろをついて歩いて、適度に盛り上がった現場を崩さないような引き際を知っている者だった。「そろそろ戻ろうか」と的場が言うと、舞衣も素直に従った。この二人の関係が理想だった。

 ご飯をすべてたいらげて弁当箱をしまうと、チラッと舞衣を見た。的場と何やら話し込んでいる。委員の話だろうか。それとも何気ない会話だろうか。翠はテーブルから二人の姿をじっと見つめていた。

「ん、どうした、翠? 寂しいのか?」

 舞衣が気づいて、椅子の背もたれから振り向いた。

「馬鹿か。俺はちびっ子じゃねえよ」

「でもあんた、『かまってちゃん』でしょ」

「はあ!? ちげーよ! どこがだよ!」

 翠が顔を真っ赤にして怒ると、舞衣が「だって、あんたは何か言いたいことがあると、後ろからじっと見つめるじゃない。熱い視線を」とおもしろそうに言った。

「いつ俺がそんな女々しいことしたよ!?」

「……自覚ないのかよ」

 今度はあきれたように溜め息を吐く舞衣に、ああ、全然勝てない、と翠は思った。いつだって彼女のほうが一枚上手だ。悔しいような心地いいようなぼやけた感覚に揺られる。

「仲いいわねえ、あなたたち」

 年配の保険医がほんわりと言った。もう一人の保険医もニコニコと微笑ましそうに見ている。

「そりゃあ、こいつ、かわいいですからねえ」

 舞衣がしれっと言い放ったので、翠は口にしていた売店の麦茶を吹き出しそうになった。

「ねえ、的場、この子かわいいよね」

「うん。弄りがいがあるわ」

 舞衣と的場がクスクス笑い合って、翠は次に口にする暴言を考えていたが、沸騰した頭は見当はずれの台詞しか出てこなくて、わなわなと震えるばかりだった。スッとした控えめな目もとと奥ゆかしい顔立ちとは裏腹に、的場は少々からかい好きのようだった。

 食べ終えた弁当箱を抱えて、席を立つ。「あ、図書室?」と声をかける舞衣を無視して、保険医二人に頭だけ下げると、翠はバタンと扉を閉めた。

 教室に戻り、他人の笑い声であふれた中にある自分の机に行き、鞄に弁当箱をしまって上の階へ上るため南の階段に向かうと、舞衣が先に待っていた。

「図書室でしょ?」

 舞衣は当然のように翠の行きたい場所を言い当てた。

「……神出鬼没かよ、お前」

「先輩に向かってお前呼ばわりしない!」

 また無視してスタスタと階段を上ると、舞衣はさっと駆け上がって翠の前をずんずん進んだ。相変わらず自分が主導権を握りたがる女の子だ、と翠はあきれ気味に思った。

「図書室が地下じゃなくて上にあるっていいよね。やっぱりお日様の光、浴びたいし」

「ふーん」

「三階なのもポイント高いなあ。上過ぎず下過ぎず。窓見るとちょうど空と地面が絶妙なバランスでさ」

「確かに景色はいい。落ち着く」

 何気なく口にした言葉に「だよね!? この感覚わかってくれる人ほかにいないと思ってた!」と舞衣は異様に喜んだ。「はしゃぎ過ぎだろ」ぴしゃりと言い放っても彼女は「最近、私はファンタジーにはまってるの。あんたはミステリーだったね」と明るく返す。とことん自分のペースに巻き込みたいらしい。翠も観念して彼女に歩幅を合わせた。

 三階に着き、南側の廊下に面している木の色をした大きな扉を開く。日の光が当たって少しだけ明るい色合いに染まったドアノブを下げる。カチャン、と軽やかな音がした。中に入ると昼休み中の図書室はけっこう生徒がいて、周りに注意してささやき合いながら静かに本棚を探す者であふれていた。この部屋は一階の保健室の次に広い大部屋で、蔵書数はちょっとした自慢になるほどアピールできる数だった。

 文庫本のコーナーに寄ると、二人は自然と各々好きに行動し始めた。翠は巨匠と名高いミステリー作家の列へ。舞衣は外国のファンタジー文学のところへ。しばらく本棚を眺め、適当なものを物色し、受付カウンターで図書カードに貸出しのデータを入れてもらうと、空いているテーブルに着いてそれぞれの持ち出した本を見比べた。

アガサ・クリスティーか。王道だね」

「まだ読み始めて間もないから。もう少ししたらマイナーなのも読んでみるつもり」

「ミステリーって、本格派とそうじゃないやつって区別されているけど、あんたはどっち?」

「どっちもいいところがあると思うから、両方だな」

「そうなんだ。私はこれにしたー」

 舞衣の差し出した本は、外国でベストセラーになったシリーズものだった。

「それ、どっちかっていうとSFじゃね?」

「え、マジ? ハイファンタジーかと思ったんだけど」

「俺、SFとハイファンタジーって、あまり区別がつかないんだけど」

「私もー。読書家から見たら私たちって本のミーハーかもね」

 舞衣がおかしそうにクスクス笑う。その横顔を見て、鼻筋のラインがきれいだな、と思う。別のテーブルで勉強している生徒たちがいるので、ひそひそささやくような声で言葉を交わしていたが、知らず盛り上がっていたようで、ちらりと視線を向けられた。あわてて声を落として作家のプロフィール欄のページをめくる。翠も舞衣も、壮大な物語を紡いだ作者の著作歴を見るのが好きだった。どこで生まれたのか、どんな学歴だったのか、どのようにして作家デビューしたのか、それこそ一人の人生の物語を見るみたいで、わくわくした。最初にそのことを舞衣に告げた時も「こんな趣味持ってるの、私しかいないと思ってた」と彼女はパッと花が咲いたように笑った。気がつけば、二人は一緒に図書室へ行く仲になっていた。

「この作家、遅咲きだったんだね。四十代でデビューだって」

 舞衣がこっそりとささやいた。生まれ年とデビューした年を計算していたらしい。

「この人のほうは三十代デビューだな」

 翠も手にした作家のデビュー年を数えた。

 楽しいと思った。彼女といる時間が、いつしか癒しになっていた。自分一人きりで図書室に通って本を物色していたあの時が、まるで遠い過去のように思えた。無理にしっかりしなくてもいいというのは、飾らないでいいということは、翠にとって大きなことだった。

 あら、かわいい子ね。

 初めて会った時、彼女はそこらへんにいる野良猫を見つけたかのような調子で言った。特に何の感慨もなく、けれどお世辞というほどの嫌味でもなく。

 デイケア組?

 彼女が何の気なしに尋ねたので、翠はこくりとうなずいた。ボランティア部に遊びに来ていた彼女とは、その日は二言三言交わしただけで終わった。しばらくしてまた会い、日常会話のような他愛のない話をして、別れ、そして数日後、再び会って少し深い話をして、気がつけば自分の隣に彼女は歩いていた。そして同時に、妹はどこか遠くへ行った。自分が遠ざけた。後悔はなかった。むしろ清々しかった。それなのになぜ、時々胸がつぶされそうに痛むのだろう。

 本を開き、文字を追うことに集中し始めた舞衣を邪魔しないように、自分も読書にふける。お互いがお互いのペースを乱さないこの関係が何よりも心地よかった。

「保険係になんかならなきゃよかったなあ」

 ふいにその言葉だけが翠の耳に大きく響いた。周りを気遣うひそひそささやくような声だったのに、なぜか矢を放つようなスピードで突き刺さった。

「うちのクラスにさあ、移ったやつなんだけど、これが大変で」

 今朝、翠を保健室まで連れて行った彼の声だった。男子にしては少し抑え目な声が、溜め息交じりに吐き出された。

「体育なんかできるわけがないのに、聞かん坊みたいに出まくってさ、それでお約束のように倒れるの。笑っちゃうだろ」

 彼の友達が一笑した。

「女子たちがさあ、もう、かわいそうって感じで、優しくしてて。皆が皆そいつの面倒見てくれてるの。どこの箱入り息子だよ」

 まあ、顔がいいから。女は面食いだしな。まさか一番楽そうだった係がこんなことになるなんて思わなかったよ。二人の男が笑い合っている。翠のすぐ後ろで、翠と同じように本棚を眺めている。そして一冊の本を取り出して、翠のすぐそばを気づかずに通り過ぎていく。一瞬、彼の持っていった本の背表紙が見えた。研究資料のようだった。

「外に出ようか」

 舞衣の声が聞こえた。聞き心地のいい柔らかな甘い声。

「今日、いい天気だし」

 翠が答える間もなく、舞衣は席を立ってスタスタと歩いていった。翠は凍りついて動かなくなっている全身を何とか動かして、強い衝撃を受けたような痛みに揺れている頭を抱えながら、彼女に追いつこうと小走りで図書室を出た。

「あのさ」

 翠は言葉を整理して、一階に下りて中庭へ出た舞衣の背中に声をかけた。

「別に、あの男のこと何とも思ってないから。好きでもないやつに勝手なこと言われてもどうでもいいから」

 舞衣は翠のほうを振り向いて、つぶやいた。

「嘘ばっかり」

 彼女の目は真剣だった。

「他人の言葉が一番怖いくせに」

 翠は、ぐっと黙った。舞衣の甘い声が一段低くなって、重みのあるトーンになった。

「本当は、恋しいんでしょ? あのデイケア組が」

 舞衣は文庫本を抱えて、再び翠に背を向けて日の当たる場所に出た。

「私には虚勢はらないでよ」

「虚勢なんかじゃない」

 意識せずに出た声は、情けないほどかすれていた。

「強くなりたかったんだ。できる人間だって思いたかった」

 俯いて、地面に生えている芝生を見つめる。人工的に植えた草。人の手で作り出された草。

「あそこは、ぬるま湯みたいで、気持ち悪かった。だから出て行きたかった。逃げたいわけじゃなくて、先に進みたかった」

 その進んだ先に何があるのか、考えもしないで。

 翠は顔を上げた。舞衣がこちらを見つめていた。舞衣の茶色い髪が、太陽の光を浴びてふと透けたような色になった。

「変わるよ」

 舞衣の声は力強かった。

「一学年上がれば、きっと皆、大人になる。一つ年を重ねるだけで、こんなに違うんだから。だからこんなことで悲しまないで」

「悲しくなんかない」

 翠は懸命に否定した。こんな些細な悪口でショックを受けている自分が許せなかった。

 舞衣は眉尻を下げて笑った。しょうがないなあ、と翠に近づき、手を取った。

「昼休み終わっちゃうから。今日はここまで。明日また会おうね」

「……うん」

 舞衣は翠の手を強く握った。そして合図をするようにニコッと笑うと、手を離し、中庭からホールに入る中扉を開け、校舎へ戻った。

 五時限目の予鈴が鳴るまで、翠はしばらくそこに佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妹さんを殺したいと思ったこと、あるんじゃない?」

 舞衣の挑むような瞳が、翠を捉えた。

「いつからだ」

 翠は問い返した。

「いつから気づいた」

 声がかすれていることに自分でもわかった。目の前の少女が得体のしれない女に見えた。

 舞衣が答える。

「文化祭の時。保健室送りになったあんたを迎えに来たあの子を見た時の表情で。派手に暴れていたわね。目つきイッちゃってたわよ」

 翠は目を伏せた。一呼吸おいて、青白い顔をしながらぽつぽつと話し始めた。

「あいの存在は、俺には重すぎた」

 しんと静まり返った空気の流れる中、翠の声が死の翳りのように陰鬱な色を伴って舞衣の耳に届いた。

「小学生の頃、俺たちは周りの子どもについていけなくてしょっちゅう身体を壊しては一緒の部屋で寝かされていた。あいつはそれが嬉しかったらしい。俺のそばにいる時はいつも饒舌になっていた。四年の時だった。あいつが訊いてきた。私のことを好き? 急に白けた気分になった」

「あなたたちに友達はできなかったの?」

 舞衣の素朴な質問に、翠は苦笑した。

「世の中、他人を助けてくれる人間なんてそんなにいるものじゃないんだよ。俺たちは特に人間関係を築くのが下手だったから」

「妹さんは、友達ができないままあなたに寄りかかり始めたのね?」

 舞衣が言葉を選びながら慎重に訊くと、翠の苦笑はさらに歪み始めた。彼の美しい顔立ちが忌まわしい過去のせいで険しい色になっていた。

「俺もまたあいつに依存していた。嫌ならさっさと友達を作って距離を取ればいいのに、それができなかった。俺たちは家でも学校でもくっついていた」

 あの年は厳しい寒さだった。三学期の学校で、真冬の冷たい風を受けながら、妹と久しぶりに出た体育の授業。

 持久走だった。四年生になって初めて受けるもので、二人はとりあえず参加してみた。スタートラインに立ち、走り始めて数分も経たないうちに妹の息が荒くなった。それに合わせるように自分も息が苦しくなった。結局二人は完走できずに途中で倒れて保健室送りになった。

 先生が二人を捜し出してくれて見つかった時、すでに時刻は終了ベルが鳴ったあとだった。クラスの皆は待たされていて、露骨に嫌な顔をしていた。

 保健室に運ばれる時、クラスメイトの声が聞こえた。はっきりと。

「足引っ張るくらいなら死ね」

 翠はその言葉を聞いて確信したのだった。自分たちは社会の足枷なのだと。自分たちこそが社会のゴミなのだと。まともに学校へ行くこともできない。役目を果たすこともできない。与えられた仕事もきちんとこなせない。翠はすべてを理解した。

 いつか死のう。こんな思いをするくらいならこの世から消えたほうがよっぽどましだ。社会のためにもなる。

 妹を巻き込んだのは、一人で死ぬのが心細かったからだ。しょせん自分は一人では生きることも死ぬこともままならないのだ。

 それから彼女はたびたび翠に愛を問うてきた。私のこと好き? 私は一人じゃない? 翠は何も言えず、適当な返事だけをした。妹をこんな風にしたのは、自分だ。

 育ててくれた親に対する罪悪感はあったが、自分が立派な大人になる瞬間はまったくと言っていいほど想像がつかなかった。年を取ってぶくぶくと肥えても、親のすねかじりの身分に甘んじている未来は容易に想像できた。

 自分は、あまりにもポンコツな人間だった。

 それから翠は、なるべく親に迷惑をかけない自殺のやり方を調べ始めた。首を吊るか、腕を切るか、ほかにもいろいろな方法を学んだ。妹にどの死に方が一番いいのか相談したりもした。二人は死の世界に夢を見始めた。

 妹の参考になればと思い、五年生になる時、一人で腕を切った。すぐに発見されて病院に運ばれた。大事には至らないという医師の言葉を聞いて、翠は、死ぬことはそう簡単にできるものではないということがわかった。妹は翠に問いかけた。私のこと好き? ともに死んでくれることを待ち望んでいる目だった。

「……そこから、どうやって一般クラスに編入する決意に至ったの?」

 舞衣は静かに問うた。翠は淡々と返した。こわばっていた表情はいくらか和らいでいた。

「単純に、死にたくなくなったからだよ」

「……気持ちが変わったの?」

「ああ」

 翠は地面の砂を足でいじくりながら、思い返すように言葉を紡いだ。

「親に泣かれたんだ。両方とも泣いていて、すごく叱られた。もう二度とこんなことするなって言いつけられた。その時、俺はわかったんだ。戦うしか道はないって。死を夢見ることは絶望なんだって。俺はまだ絶望しちゃいけない。生きるしかない。この身体で。そう決めた。でも、あいつはまだ夢を見ていた」

「……それから、妹さんを憎むように?」

 舞衣の声がどこか寂しげに聞こえたのは気のせいではないと思った。

「あいつが邪魔だと思うようになった。俺は、あいつの、首を絞める夢さえ見たんだ」

 何も疑わない妹。死の約束のことをいまだに信じている妹。翠の目に暗い光が宿った。

「あいつをあんな風にしたのは俺だ。でも何もしてやれない。あいつを救うのは俺じゃない。俺はこのままだとあいつに喰われる。もう離れなければいけないんだ」

 翠はうずくまった。こんなことを誰かに話すのは今までになかったことだった。

「一体いつになったら楽になれるんだろう。俺はどこへ行けばいい」

 最低な人間だということはわかっている。自分だけ成長して、妹を置いていった。今だってこんなにも震えている。周囲の冷たい態度に、普通の世界へ足を踏み入れたことに後悔している。けれど今さら戻ることはできない。帰る家はない。自ら捨てた。この世の中で本当に一人ぼっちだった。

 人の体温を感じた。舞衣が翠のことをきつく抱きしめていた。翠は腕を回して、舞衣の細い身体を引き寄せ、衝動のままに頬に口づけをした。

「ごめん。無力で」

 舞衣の肩に顔をうずめて、翠は謝った。ずっと誰かに許しをもらいたかった。舞衣は何も言わず、翠の頭を撫でた。そして首筋に柔らかいキスをした。

 くすぐったくて、温かかった。

 胸に何かが迫ってきた。

 俺は生き残れるのか、のたれ死ぬのか。

 未来は俺に対して優しいのか、残酷なのか。

 すべてはいまだ混沌としていて闇の中だった。ただ、舞衣が優しく微笑んでいた。嬉しそうに翠にキスを返し、翠のことを包んでいた。この優しさは、きっと過去にもあったのだろうが、いつしか記憶から抜け落ちていた安心感だった。女とは、安心させてくれる生き物なのだと翠はこの瞬間、わかった。本当に優しいのは、女なのだった。

 母でも妹でも祖母でもない、赤の他人の女。

 込み上げてくるものがあった。翠は上を向き、泣きそうになるのをこらえた。自分の女となった舞衣を抱きしめながら、いつまでも甘く柔らかい沈黙に浸っていたかった。

 天井の壁がもうぼやけて見えない。やっと掴んだ居場所を離さないようにきつく抱き寄せるのが精いっぱいだった。

 夕莉。お前ももう、大丈夫だよ。

 翠は手の甲で涙を拭った。そして、舞衣と手を繋ぎ、薄く汚れた天井のシミを軽くにらんで、その場を去った。

 舞衣の手は小さくて華奢だった。けれど翠の手を握る力は強かった。翠もまた痛いほど握り返し、鎖のように繋がった掌は誰の介入も許さなかった。

 誰も追いかけてこなかった。自分たちに気づかなかった。他人であふれた人ごみの中を、翠と舞衣は歩いていった。驚くほど気持ちがよかった。ここが、故郷だった。

 翠はふいに馬鹿笑いをしたくなった。ちゃんと満たされていたことに気づけなかったあの日々を、生まれて初めて愛しく思った。自分がそう思っていられるのなら、あの子もきっと生き返るだろう。そう信じている。

 気がつくと舞衣も笑っていた。街中のざわめきが心地いいリズムのように身に浸透していった。翠は、確かめるように足を踏みしめて、彼女と一緒に家へと帰っていった。

 

 ただいま。待たせてごめん。

 

    おわり。

 

○エンタメ私小説 第二弾 これにて終了です。自分で勝手に名乗ったシリーズと一人で呟いています(笑)

○みんなに見てもらえたらいいなあ……( *´艸`)。

 

 

オリジナル作品のみの扱いです